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2020.10.01素材あふれる山形の地で、子どもたちへ物語を紡ぐ
絵本・童話作家 深山さくらさん
上山市出身で、自身の子どもの頃の体験に基づいた物語を多く生み出してきた絵本・童話作家 深山さくらさん。創作活動の場を東京から故郷の山形へ移し、新たなスタートをきりました。東京での生活を経て、再び目にした山形の風景はどのように映ったのでしょうか。
応援してくれる家族がいる、それが一番大きい
仕事部屋「ものがたり工房」を訪れると、こちらに笑顔で手を振って迎えてくれた深山さん。案内された仕事部屋にはたくさんの絵本や童話が並び、深山さんの創作の歴史が感じられます。
絵本・童話作家を志すきっかけになったのは、こんな旦那さまの言葉。「自分のちっちゃい頃のことを童話にしてみたら、面白いんじゃない」
当時は3人の子育てでとても忙しい最中。「何言ってんだか」くらいにしか思っていなかったのだとか。けれど、ずっとそれが頭に残っていたといいます。
「私の母が読み聞かせをしてくれていたこともあって、自分の子どもにも読み聞かせをしたいなという想いがありました。夜寝る前に一人ずつ順番に膝にのせて、一人10分くらい読み聞かせをしていました。そうした中で子育てがひと段落した頃に、童話を書きたいな、勉強したいなと思ったんです」
実は作文も感想文も好きではなく、苦手だったという深山さん。ところが近所の童話の創作教室に通うと創作の面白さにはまってしまったといいます。「誰かに褒められるのではなく、何のしばりもなく、自分の好きなものだけ書いていられるという創造の世界に、はまっちゃったんですよ(笑)」
アマチュアを対象にした童話コンクールに応募し、その作品が最優秀賞を受賞(のちの『かかしのじいさん』佼成出版社)。その授賞式に出席していた編集者に、深山さん自ら小学校3、4年生向けの創作読み物を持ち込んだといいます。出版社での企画が通って2003年のデビュー作『おまけのオバケはおっチョコちょい』(旺文社)に。2008年には『かえるのじいさまとあめんぼおはな』(教育画劇)でひろすけ童話賞を受賞するなど、東京をメインに活動してきました。
欅の大木を輪切りにした工房のシンボル。文字は手彫り。なんと姪っ子さんの旦那さまの手作りなのだそう
物語の種はどこにでも。心にほのぼのいろの花を
深山さんは上山市生まれ。山形城北女子高等学校(現山形城北高等学校)を卒業後に就職のため東京へ。意外にも前職は警察官という異色の経歴をお持ちです。約40年ぶりに東京からUターンし、山形市を拠点に活動を始めました。
これまでおよそ300個のお話を書いてきたといいます。その創作の原動力はどこからくるのでしょうか。
「ひとつ書き上げたときの達成感があります。誰にも評価されないんですけど、自分の中で『あーひとつお話書き上げた』って、気持ちがすーっとするんです。それに道を歩いていて、ふと道端に昔上山で見たお花に出合ったりすると昔にかえって懐かしくなったり。そういうことが積み重なって『あーお話の種はどこにでも転がっているんだな』って思って、お話を書き続けていきたいという気持ちが沸き上がってきますね」
オノマトペや類語の辞書を見ながら物語に適切な表現を探すことも。声に出して読んでみたり、登場人物の仕草を実際にやってみたり、読み聞かせする際の場面も想像しながらお話を書いています
「こどもたちの心に ほのぼのいろの 花を咲かせたい」
オフィシャルサイトには、深山さんの想いが込められたテーマが掲げられています。
「『ほのぼのいろ』は、ほんのりした、穏やかな温かさのイメージ。作品や活動を通じて、そんな温かさを伝えたり、感じてもらったりできたらいいなと思っています。子どもたちの胸にぽっと花が咲くような物語が書けたら、とてもうれしいですね」
1日の終わりに、絵本で語り合う子どもとの時間
絵本づくりで深山さんが心がけていることは、難しい言葉を使わず、やさしい言葉で表現すること。さらに、オノマトペといわれる擬音語、擬態語を使って、臨場感が出るようにしているとのこと。「『千の言葉を使ってもひとつのオノマトペにはかなわない』そんな言葉を目にしたことがあります」
読み聞かせのイベントも行っている深山さんに、読み聞かせのポイントをお聞きしました。「イベントは出会いの場なので、明るくニコニコした挨拶からまずはじめます。私の読み聞かせは、本でしつけようという気持ちは全くなく、『一緒に楽しもう』というスタンスで自然体を心がけています」
自作のさくらの花が描かれた名札を手に。「読み聞かせではこの名札をつけていって『さくらさんとか、さくら先生とか呼んでください』と挨拶しています」
深山さんが書いた本を持って、幼稚園や保育園、小学校や中学校、町などへ読み聞かせに行き、本の楽しさを伝えています。写真は数年前におこなった尾花沢市立宮沢小学校での読み聞かせの様子(写真提供:深山さくらさん)
「読み聞かせは、本当は親御さんがやるのが一番いいと思うんです。お子さんを膝にのせて、『じゃあ読もうね』って言うと、お子さんの心拍数も下がってすごく安心できるんじゃないかな。お母さんも子どものお尻から体温を感じるとかわいいし、楽しい。そこからいろんな効果が生まれてくる。だから、お家の方がお子さんと一緒に本を見ながら語り合う、それが一番だと思うんですよね」
その上で深山さんができることは「イベントを通じて子どもたちと楽しい時間を共有して、友達になること」、そして「本って面白いよね、と伝えていくこと」だと語ります。
「夜寝る前にお子さんに『じゃ、お布団一緒に入ろうか』って、そこで絵本を読んで10分だけでも一緒の時間を過ごす、それができたらいいのかな。1日の終わりにお子さんとほっとできる時間を過ごすひとつの方法として、絵本があるのかなと。本だけじゃなくて、お話でももちろんいいと思います。絵本の中で主人公が何か行動する、そうすると、お子さんが『何でそんなことするんだろう』『あーかわいそう』と反応する。それによって親子の会話も生まれると思うんです」
深山さん自身も3人のお子さんを育てたお母さん。子育ての経験から得た言葉がとても心に残りました。
人とのつながりがあって、今の私がある
「何もない状況からまず取材に行って、頭を働かせてどういうふうに作っていくかを自分で決めて、文章を書いてはダメ出しされ、それでもへこたれず、ときには夫に当たったりしながら(笑)作品を書いています。編集者とは信頼関係があるので、何を言われても平気です。1冊の本を仕上げるために『こうしたらいいんじゃないか、ああしたらいいんじゃないか』と編集者と話を重ねながら進めていきます」
「お話を完成させるのに半年かかるものも。絵本や読み物一冊になると、取材を含めたら1年以上かかるものもあります」
2003年のデビューから17年間仕事を続けてこられたのは「人との出会いがあったから」といいます。
「デビュー作を出したのは2003年なんです。ありがたいことに17年になりますかね。その間で、少しずつ少しずつ仕事をして今に至ります。大切なのは人とのつながりだと思いますね。締め切りは1回も遅れたことがないとか、ギリギリのスケジュールでも編集者に「大丈夫ですよ!」と自信はなくてもOK出したりとか、そういう小さいけれども大事なことを続けることで、信頼関係を築いてこられたと思っています」
絵本や童話の創作は、編集者さん、絵描きさんとの共同作業。それぞれのアイデアが合わさって、ひとつの物語が完成します
書き手を育てるための講師もされている深山さん。コロナ禍における活動の難しさもある中、山形でどういった活動をしていきたいか、今後の展望を伺いました。
「山形に来る前に東京で指導していた人たちには、オンラインで指導を始めることにしました。でも、山形の人たちと最初からオンラインというのはちょっと違うかなと思いますし、やっぱり出会ってやっていきたいですね。今依頼されているのは、図書館での読み聞かせの講演会や、幼稚園での子どもたちへの読み聞かせ、先生への読み聞かせの指導など。そういう小さな出会い、ご縁を大切にして、人とのつながりを作っていきたいです。そこから書き手の育成というところまでたどり着けたらいいなと思っています」
作品に息づく、自然へのまなざし
高校時代まで山形で過ごし、40年ぶりに東京からUターンして山形に帰ってきた深山さん。東京と山形、両方の暮らしを経験した今、改めて山形の魅力について尋ねました。
「自然から受ける恩恵、それが山形の魅力ですね。まず、空ひとつとっても毎日違うし、雲の形も違う。風が気持ちいい、それに食べ物が何よりおいしい。直売所などに、桃とか梨とか新鮮な果物を見に行くのがすごく好きなんです。食べるのはもちろん好きですけど、『立派だなー』って果物を見るのが好きで(笑)。山形の風土と人の力が合わさるとこんなに素晴らしいものができるんだ、って最近改めて思うんです」
自然や果物、そうしたものへのまなざしは、やはり物を書く作家さんならでは。
さらに、深山さんに普段のリフレッシュ方法を伺いました。「最近、上山市のクアオルトに夫と参加しました。葉山を歩くのですが、行程のうち木漏れ日の道、日陰、日なたがそれぞれ3分の1ずつだそうで、この割合がとっても気持ちよくて、素敵だなと。」
「それから早朝散歩。夫と行くのですが、夫は朝晩、毎日。私は週に1~2回一緒に行っています。歩いている途中で道の傍らに花を見つけたりするんです。昨日までは花だったのがしばらくすると種ができたりする。その種をもらってきて庭に蒔いたりすることもあります」
紙芝居のシナリオ、伝記、むかし話や名作のリライトなど、幅広いジャンルのお話を書いている深山さん。紙芝居の読み聞かせで使う拍子木は子どもたちに大好評
サル、イノシシ、スズメ、カエル、アメンボ… 深山さんの作品には実にたくさんの生き物たちが登場します。かわいらしいサルとイノシシのオブジェは絵描きさんの手作り
子どもの頃から生き物に興味があったという深山さん。「一番好きなものはカエル(笑)」とチャーミングな笑顔をみせる。語るエピソードの言葉ひとつひとつから、植物や生き物へのやさしい目が注がれていると感じました。
作品に登場する植物や生き物たちが生き生きと輝いているのは、きっと深山さんの山形での実体験が生きているから。そして、作品を読んだ後にじーんとしたり、ほわっとしたり、心に強く刻まれるのは、物語であると同時に自然界のリアルさもしっかり表現されているからなのだと。
取材が終わり工房を出ると、1匹のオレンジ色の蝶がひらひらと目の前を舞っていった。まるで物語の世界へ誘っているかのよう。
「あ、こんなところにも!」 そう、物語の種はどこにでも転がっている―。
プロフィール 絵本・童話作家 深山さくらさん
1959年、上山市生まれ。高校卒業後に上京。東京に住み母となり、3人の子どもを育てた。童話教室で創作を学び、新人賞受賞をきっかけに2003年にデビュー。童話、絵本のためのテキスト、保育絵本のための物語などの作家活動、幼稚園や保育園、小学校などへの読み聞かせを行っている。今後は書き手の育成にも力を注いでいくという。