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2023.12.22

「最高のものをつくろう」の言葉に込められた、ものづくり企業の思い

株式会社市村工務店 代表取締役社長 市村清勝 さん

かいぎさん
旧済生館本館三層楼
国宝「羽黒山五重塔」 本館古勢起屋

国重要文化財の旧済生館本館三層楼(現山形市郷土館)の復元(左)や国宝「羽黒山五重塔」の保存修理(右上)、銀山温泉の登録有形文化財・本館古勢起屋の改修(右下)などは有名(写真提供:市村工務店)

国重要文化財の旧済生館本館三層楼(現山形市郷土館)の復元(1枚目)や国宝「羽黒山五重塔」の保存修理(2枚目)、銀山温泉の登録有形文化財・本館古勢起屋の改修(3枚目)などは有名(写真提供:市村工務店)

設計から施工まで行う総合建設業として、公共施設やマンションの建築など地域の発展に尽力すると同時に、宮大工集団「丸健」を擁し、木造建築の文化継承・技術の向上に努め、修繕のみならず社寺仏閣の新築も手がける株式会社市村工務店さん(以下、市村工務店)。市村工務店のコーポレートメッセージ「最高のものをつくろう」は、テレビCMなどで耳にしたことがある人も多いのではないでしょうか。この言葉に込められた思いや今後の展望について、代表取締役社長の市村清勝さんにお話を伺いました。

幼少期の思い出と好奇心のルーツ

はじまりは1891年、清勝さんの曽祖父で宮大工だった健次郎さんが創業したという歴史ある企業です。旧済生館本館の移築を請け負い、霞城公園内に移転復元させたのは二代目で祖父の清治郎さんの代、清勝さんが当時小学校低学年のときだったといいます。その5年後には父の健一さんが社長に就任。子どもの頃の思い出を尋ねると清勝さんは次のように話してくださいました。

「父が社長を継いでから忙しくしていたので、祖父が原付バイクに乗せて現場に連れて行ってくれました。小学生の頃はセキセイインコやジュウシマツ、リス、犬、猫、昆虫に至るまで多くの生き物を飼っていて、中でもセキセイインコの繁殖に夢中でした。この色とこの色のインコを掛け合わせるとどんな色になるんだろう、の繰り返し。大工の棟梁でとても恐い祖父でしたが、鳥小屋がほしいと懇願したら、すんごい立派な家具のような鳥小屋をつくってくれて(笑)」

宮大工さんの技術で手がけた本気の鳥小屋、見てみたかったものです。
理科好きのおじいちゃん子は、中学に入るとバスケット少年になります。なんでも夢中に、ストイックにこなすのは当時からだったようです。

学生の頃、理科の教員になることが夢だったという清勝さん。「中学の授業で理科の先生に『このビーカーを離したら下に落ちる。インドだったらどうなる?』と聞かれ、そりゃあ落ちると思うでしょ。でも先生は『なんで行ってないのにわかるんだよ。なしてなんだべ?―それが理科なんです』と言われてハッとした。これが私の根っこにあるんですよ」

学生の頃、理科の教員になることが夢だったという清勝さん。「中学の授業で理科の先生に『このビーカーを離したら下に落ちる。インドだったらどうなる?』と聞かれ、そりゃあ落ちると思うでしょ。でも先生は『なんで行ってないのにわかるんだよ。なしてなんだべ?―それが理科なんです』と言われてハッとした。これが私の根っこにあるんですよ」

大学では理科、とりわけ電気系を学びたかったそうですが、お父さまは後継ぎに対し、そう簡単に縦に首を振るわけがありません。「建築に入れば電気も学べるからそうしなさい」と言われ、清勝青年も自分の運命を薄々と感じながら、建築科に進学。持前の好奇心がここでも遺憾なく発揮され、建築の面白さに目覚めます。卒業後は第一建築株式会社(現・株式会社第一ヒューテック)に入社することに。
「最初に担当した現場は今でも忘れられません。そしてありがたいことに、本来現場監督がやってはいけない土工、大工、鉄筋工など、さまざまなことを経験させてもらいましたね(笑)」
現在でもその場所へ行くと、泥だらけになって働いていた当時を思い出すのだそうです。

作業服を脱ぎ、経営に専念を決意

大光寺
鳥海月山両所宮
イグーネ荒井
あさひ会計セミナー棟

宮城県柴田郡にある大光寺(左上)、山形市宮町の鳥海月山両所宮(右上)のような社寺から、仙台市の複合施設「イグーネ荒井」(左下)、山形市「あさひ会計セミナー棟」(右下)と、幅広い施工実績(写真提供:市村工務店・山新広告社)

宮城県柴田郡にある大光寺(1枚目)、山形市宮町の鳥海月山両所宮(2枚目)のような社寺から、仙台市の複合施設「イグーネ荒井」(3枚目)、山形市「あさひ会計セミナー棟」(4枚目)と、幅広い施工実績(写真提供:市村工務店・山新広告社)

その後、清勝さんは山形へ戻り、28歳で一級建築士の資格を取得。20代は現場、30歳から営業、40歳から経営を学び、45歳で社長に就任しようと勝手に人生設計をしていたといいます。
「30歳で作業服を脱ぐ。それは自分の中で経営に専念しようという決意でした。35歳のとき、父が体調を崩したこともあり、自分がやるしかない状況で社長代行として忙しくなりました。父は陸軍士官学校出身なので厳格で、事ある事に『寝ねでも食ねでもしろ』というような人。寝食を忘れて仕事に没頭する期間があってよかったと今でも思います。入退院を繰り返す父から、私の計画より3年早く、42歳のときに社長をしろと言われました。父は会長になった途端、親子で言い争いをするほど元気になったんですけどね(笑)」

趣味はカメラ、野鳥観察、登山など多彩な一面を持つ清勝さん。次から次へと話題が豊富で、サービス精神も旺盛。取材では書ききれないほどたくさんのお話をしてくださいました

趣味はカメラ、野鳥観察、登山など多彩な一面を持つ清勝さん。次から次へと話題が豊富で、サービス精神も旺盛。取材では書ききれないほどたくさんのお話をしてくださいました

本社併設の「大工ミュージアム」には、5分の1や10分の1スケールの国宝模型や大工道具を展示。引退した大工さんが残していったという刃が擦り減った道具を見ると、とても長い歴史を感じます

本社併設の「大工ミュージアム」には、5分の1や10分の1スケールの国宝模型や大工道具を展示。引退した大工さんが残していったという刃が擦り減った道具を見ると、とても長い歴史を感じます

宮大工部門の「丸健」。人が建てたものに、家族が健やかに暮らせるように、幸福がずっと続きますようにという願いが込められているといいます。

「国宝の五重塔、仁王門や金閣寺など、本物の建材と技法を使って再現したものです。若い職人たちが伝統の技法を継承していく場として親父の代から続けています。丸健の技術は単に売り上げではなく、文化の継承や街づくりへの貢献、当社のフラッグシップとしても大切です」

杮葺き(こけらぶき)
みかん割り
みかん割り
補修作業

(左上)「羽黒山五重塔」で使用されていた、杮葺き(こけらぶき:屋根を葺くのに使う薄い板)。小さな穴は竹釘の跡。(右上)杉の木を『みかん割り』という手法で、人の手で割る様子を公式インスタグラムで動画を公開したところ、217万いいね(2023年12月1日現在)をマーク。海外からのフォロワーも増加したといいます(左下)次の作業はおそらく20年後という補修工事(右下)新しくなった杮葺き(右上・左下・右下写真提供:市村工務店)

(1枚目)「羽黒山五重塔」で使用されていた、杮葺き(こけらぶき:屋根を葺くのに使う薄い板)。小さな穴は竹釘の跡。(2枚目)杉の木を『みかん割り』という手法で、人の手で割る様子を公式インスタグラムで動画を公開したところ、217万いいね(2023年12月1日現在)をマーク。海外からのフォロワーも増加したといいます(3枚目)次の作業はおそらく20年後という補修工事(4枚目)新しくなった杮葺き(2・3・4枚目写真提供:市村工務店)

ずっと考えていたブランディングの必要性と可能性

2015年、ロゴマークを一新。鉋(かんな)で木材を削り出すようなイメージをさせながらもシンプルで新しいデザイン。市村工務店らしい不易流行を重んじるシンボルに。街の工事現場でこのロゴを見かけると、安心感すら覚えます(写真提供:市村工務店)

2015年、ロゴマークを一新。鉋(かんな)で木材を削り出すようなイメージをさせながらもシンプルで新しいデザイン。市村工務店らしい不易流行を重んじるシンボルに。街の工事現場でこのロゴを見かけると、安心感すら覚えます(写真提供:市村工務店)

街でも着られるユニフォーム1
街でも着られるユニフォーム2
街でも着られるユニフォーム3
街でも着られるユニフォーム4

同じく一新した作業着。コンセプトは「街でも着られるユニフォーム」。汚れた作業着を着ているというイメージを払拭し、かっこいい会社・業界を目指してのこと。実際に入社希望者の増加につながったといいます(写真提供:市村工務店)

清勝さんが社長に就任後、さらに進化を加速させる市村工務店。2015年、社内ブランディングプロジェクトを発足し、新ロゴ発表とともにユニフォームを一新します。
「社長就任前から、ブランディングが大切になると感じていました。ちょっと高くても憧れのブランドバッグを持ちたいのと同じ。品質+ブランド力。見えるところから変えていきました」

2016年、第27回きらやか産業賞受賞をきっかけに、公開型社内大学「イチカレッジ」を翌年より開講。受賞賞金を人材育成のために使うことに。社内だけでなく、地域の方も参加できるセミナーを開催します。

「自分が会いたい方、みんなにも知ってほしい方を講師にお招きました。会いたい人には自分からどんどん連絡を取ります。人とのつながりって面白い。運命を感じますよね」

村尾降介さん
清原伸彦さん
栗木史多さん
田中裕也さん

ブランディングを共に手がけたスターブランド株式会社の村尾隆介さん(左上)、“ミスター集団行動”として知られる、日本体育大学の名誉教授・清原伸彦さん(右上)、“元ニートの登山家”として若者に多くの夢を与えた栗城史多さん(左下)、バルセロナ在住、ガウディ研究の第一人者・田中裕也さん(右下)をはじめ、イチカレッジではさまざまな方を講師に招き開催(写真提供:市村工務店)

ブランディングを共に手がけたスターブランド株式会社の村尾隆介さん(1枚目)、“ミスター集団行動”として知られる、日本体育大学の名誉教授・清原伸彦さん(2枚目)、“元ニートの登山家”として若者に多くの夢を与えた栗城史多さん(3枚目)、バルセロナ在住、ガウディ研究の第一人者・田中裕也さん(4枚目)をはじめ、イチカレッジではさまざまな方を講師に招き開催(写真提供:市村工務店)

公演の際、プレゼントされたという田中さん直筆のガウディ建築の図面。「30代の頃、山形県建築士会青年部の研修でバルセロナにあるグエル別邸を訪れたとき、案内してくれたのが田中さん。Facebookで彼を見つけて連絡を取ったら、29年前のことを覚えてくれていて。依頼したら山形に来てくれたんですよ」

公演の際、プレゼントされたという田中さん直筆のガウディ建築の図面。「30代の頃、山形県建築士会青年部の研修でバルセロナにあるグエル別邸を訪れたとき、案内してくれたのが田中さん。Facebookで彼を見つけて連絡を取ったら、29年前のことを覚えてくれていて。依頼したら山形に来てくれたんですよ」

アントニ・ガウディの最期の言葉を合言葉に

本社の打合せスペースの壁に描かれた、ガウディのパトロン、エウセビ・グエルのイラスト(東北芸術工科大学の学生さんが描いてくれた漫画家・井上雄彦先生の模写)。社屋のいたるところに遊び心がちりばめられています

本社の打合せスペースの壁に描かれた、ガウディのパトロン、エウセビ・グエルのイラスト(東北芸術工科大学の学生さんが描いてくれた漫画家・井上雄彦先生の模写)。社屋のいたるところに遊び心がちりばめられています

アントニ・ガウディ(1852-1926)は言わずと知れたスペインの建築家。サグラダ・ファミリア、カサ・ミラをはじめとしたその作品群はあまりにも有名です。

学生時代からガウディが好きだったという清勝さん。ガウディの図面を点描で描き、作者を調べたそう。そのときに出合ったというのが『最高のものをつくろう』という言葉だといいます。

「彼が弟子たちと交わした最期の言葉が『諸君!明日はもっといいものをつくろうじゃないか』。今日はまだまだ、明日はもっと高みを目指そう、最高をつくったと思ったら、もう成長はない。とても好きな言葉だったので、社長になったらこれをコーポレートメッセージにしようとずっと決めていました。かっこいいよね!」

社員にとってはこれ以上ない指針。「コストと品質で迷ったら、必ず品質を選べ」とも伝えているそうです。

ブランディングによりボトムアップのカルチャーが根付いたことで、スタッフの見た目だけでなく本業でも、自分たちの価値を上げていきます。宮大工と建てるオーダー住宅『ひだまりの家』が2021年にグッドデザイン賞を受賞。大工の育成と活躍、伝統への展開も期待できるという、施主さまだけでなく地域にとっても、有益な相乗効果を生み出すようになります。

地域貢献の取り組み1
地域貢献の取り組み2
地域貢献の取り組み3
地域貢献の取り組み4

地域防災倉庫や太陽光発電の設置、子どもたちへの建築見学の案内、蔵王の樹氷保全活動のほか、廃材を芋煮用の薪として地域に提供するなど、SDGsという言葉があふれる前から地域貢献の取り組みを続けています(写真提供:市村工務店)

コピーの無駄紙の裏にさらさらと書いてくれたメッセージ。「建築が好き、つくるのが好き。そういう人に入社してほしい。嫌々仕事するのはお客さまに失礼だし、時間が勿体ないよね」

コピーの無駄紙の裏にさらさらと書いてくれたメッセージ。「建築が好き、つくるのが好き。そういう人に入社してほしい。嫌々仕事するのはお客さまに失礼だし、時間が勿体ないよね」

また、今後について伺うと、次のようにお話しくださいました。

「会社は『限りなく水平に近い右肩上がり』でいること。去年よりも1センチでも成長できればいいと思っています。続けるとはそういうこと、理想です。社長業は早いうちに、若い人に託すつもり。年齢を重ねると力はあるかもしれないけど、判断を誤る可能性があります。社長は若い時から社長業をしながら、育てばいいんです」と次世代を見据えています。

といいながらも先日は、歴史的建造物の発掘、意義付け、保全活用設計や相談等を行う専門家『ヘリテージマネージャー』(歴史文化遺産活用推進員)の資格を取得した清勝さん。好奇心が飽くことがないといいます。

そういえば、ガウディを以下のように表現している書籍がありました。
「多面体のような男。けれど、精神の根幹にあったものにゆらぎはない。自然に対する深い愛情。そして、その自然が持っている基本原理を、おごそかで慈愛に満ちた建造物の中に表現したいという切なる思い。それが、彼のすべてを形づくっていたのだ」※

リアリストでロマンチスト。人材育成に力を注ぐ先生であり、勉強好きな学生であるところ。鳥や自然が好きなところ―多面的で愛情深いというのはガウディと清勝さんの共通点ではないでしょうか。そしてその思いを継承する市村工務店。サグラダ・ファミリアの建築が、今なお弟子たちによって続けられているように、かっこいい街づくりをこれからも清勝さんと市村工務店は山形で続けていってくれるはず。「最高のものをつくろう」―のびしろしかない皆さんの活躍が今後も楽しみです。

2023年12月3日、国道13号沿いにオープンした「道の駅・やまがた蔵王」の建築・外構工事を担当した市村工務店。にぎわいの創出や観光情報発信の拠点としてはもちろん、防災機能を備えた施設です(写真提供:市村工務店)

2023年12月3日、国道13号沿いにオープンした「道の駅・やまがた蔵王」の建築・外構工事を担当した市村工務店。にぎわいの創出や観光情報発信の拠点としてはもちろん、防災機能を備えた施設です(写真提供:市村工務店)

※引用:『僕はガウディ』モリー・クレイプール著 パイインターナショナル発行



プロフィール
代表取締役社長 市村清勝さん

1957年生まれ、山辺町出身。 山形県立山形南高等学校卒業後、日本大学生産工学部に進む。1980年同大学卒業後、第一建築株式会社(現・株式会社第一ヒューテック)に入社。 1983年に市村工務店に入社、1994年に専務、2000年より現職に。

市村清勝さん

株式会社市村工務店

山形市久保田3-11-12


https://ichicom.co.jp/
市村工務店

この記事を書いた人
みどりかいぎさん

みどりかいぎさん
Profile 山形会議のキュレーター、元・書店員。青森生まれ、盛岡、仙台育ち、そして山形へ。ダイエットとリバウンドを繰り返す人生は、日々糖質との闘い。レモンサワーがあれば大丈夫。
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