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2021.04.21

地元の素材を最大に活かす精神で、唯一無二のパスタを開発

有限会社玉谷製麺所 専務取締役 玉谷貴子さん

かいぎさん
地元の素材を最大に活かす精神で、唯一無二のパスタを開発 | 有限会社玉谷製麺所 専務取締役 玉谷貴子さん

玉谷製麺所に併設する直売所「つぉろの舗(みせ)」に立つ玉谷貴子さん。「つぉろ」とは、西川町の方言で、そば、うどんなど麺類の総称。70年の歴史を持つ玉谷製麺所は、上質な麺づくりでも知られます

日本人に浸透したイタリアの食文化といえば「パスタ」。スパゲッティ、ペンネ、ニョッキ・・・等々、ロングからショートまでその形状は500種類以上あると言われています。今までになかった「雪の結晶」の形をしたパスタを開発し、一躍注目を浴びた有限会社玉谷製麺所。開発を手掛けた専務取締役の玉谷貴子さんに、苦難続きだった誕生までの秘話と、その後に続くストーリーをうかがってきました。

月山に降り積もる、美しい雪。その繊細な結晶の形を再現した「雪結晶パスタ」

月山に降り積もる、美しい雪。その繊細な結晶の形を再現した「雪結晶パスタ」

雪深い月山の麓に嫁ぎ、デザインの仕事を一から覚える

貴子さんは新潟県長岡市出身。雪深い月山の麓、山形県西川町にある玉谷製麺所で働くようになったのは、旦那さんである玉谷隆治さん(現代表取締役社長)と大学時代に知り合い、結婚したから。岩手大学農学部出身の貴子さんは、生き物が大好きな生粋の「リケジョ」。独身中に勤めた新潟の大手菓子メーカーでは、食品検査や開発の仕事をしていました。しかし結婚後は、山形県西川町へ移住、乾麺業を営む玉谷製麺所の通信販売部門担当となります。イラストレーターなど専門のソフトを覚え、カタログやチラシをデザイン。次第にパッケージも担当するようになった頃、義父で当時社長だった玉谷信義さんが、突然イタリア製のパスタマシーンを購入します。
「家族みんな呆然としました。家一軒建てられる値段でしたから(笑)。」
これまでもそば粉や米粉を練り込んだパスタなど、独自のパスタを開発してきた玉谷製麺所ですが、「これは本気でパスタを売っていかないと、三代目である自分たちもどうなるかわからない」と感じたそうです。この時、貴子さんには小さな双子の四代目もいました。

伝統の製麺技術で質の高いそばをつくり続ける玉谷製麺所

伝統の製麺技術で質の高いそばをつくり続ける玉谷製麺所(写真左)。取材した日も包装袋のデザインを作成していた貴子さん(写真右)

パッケージデザインで日本グッドデザイン賞を受賞

義父母のサポートもあり、宣伝から品質管理の業務までこなしながら、仕事と育児に奔走する中、2011年に東日本大震災が発生します。風評被害を直に感じたことで「ここでしか買えないもの、みなさんに欲しいと思われるものを作ろう」と決意。翌年、貴子さんが手がけたパッケージが日本グッドデザイン賞を受賞します。
「製麺業界では初だったので、製麺新聞でも取り上げてもらいました」。貴子さんのパッケージは翌2013年も受賞。このことで東北芸術工科大学からあるプロジェクトの誘いを受けます。 「世界に山形のものづくりを発信していく、“共創のテーブル”という商品開発のプロジェクトです。県内4つの企業が集まり、東北芸術工科大学の先生のアドバイスを受けながら開発を進めました」

日本グッドデザイン賞を受賞したパッケージの数々。左から2012年「月山黒米パスタ」、2013年「月山黒米うどん」と「月山黒米パスタ〜3種のショートタイプ」 (写真提供:玉谷製麺所)

日本グッドデザイン賞を受賞したパッケージの数々。左から2012年「月山黒米パスタ」、2013年「月山黒米うどん」と「月山黒米パスタ〜3種のショートタイプ」 (写真提供:玉谷製麺所)


本場イタリアでも前例のない、新しいパスタへの挑戦

“共創のテーブル”プロジェクトの目標は、一年後にフランスで開催される世界最大の国際見本市「メゾン・エ・オブジェ」への出展。貴子さんは、「日本ならではのパスタをつくろう」とプロジェクトリーダーの島村卓実先生らと協議を重ね、雪の結晶の形をしたショートパスタを考案。イタリアの金型メーカーへデザインを見せたところ「金型を作ることはできるけれど、あなたたちはこれをパスタにして食べることはできない」と言われます。
「どういう意味かな、と思っていたのですが、40分茹でても60分茹でても、全然茹であがらない。このことか、と理解しました。形も歪んで美しくなかった」
ここから試行錯誤が始まります。約1年かけ、歪んでいた形はなんとか美しくできましたが、いくら茹でても固いまま。貴子さんは、水から茹でてみようと閃き、見事に成功。社内に報告すると玉谷信義社長(現会長)が「わかった。レシピを変えてみる」と原材料の配合変更を英断。お湯から茹でても9分で茹で上がる「雪の結晶パスタ」が完成しました。
「パスタのセオリーを覆す複雑な形が、茹で上がらない原因でした。それを玉谷製麺所が70年間守り続けてきたそば、うどんの伝承技術を取り入れることで出来上がった。まさしく世界で唯一のパスタです」
こうして2014年1月、無事に「メゾン・エ・オブジェ」に出展。現地でも注目を浴び、イタリア人のシェフからは「こんな美しいパスタは、今まで見たことがない」と絶賛されたそうです。

「メゾン・エ・オブジェ」の出展の様子。訪れた人からは「パリで売ってないの?」と頻繁に質問されたそうです(写真提供:玉谷製麺所)

「メゾン・エ・オブジェ」の出展の様子。訪れた人からは「パリで売ってないの?」と頻繁に質問されたそうです(写真提供:玉谷製麺所)

金型から切り出される雪結晶パスタ(左)。低温で36時間じっくり乾燥することで、もっちりとした食感が生まれます(写真提供:玉谷製麺所)

金型から切り出される雪結晶パスタ(左)。低温で36時間じっくり乾燥することで、もっちりとした食感が生まれます(写真提供:玉谷製麺所)

島村卓実先生がデザインしたパッケージ。こちらも2014年グッドデザイン賞を受賞。審査員からは「雪の結晶をかたどったパスタそのものの形状がよい」とのコメントがありました

島村卓実先生がデザインしたパッケージ。こちらも2014年グッドデザイン賞を受賞。審査員からは「雪の結晶をかたどったパスタそのものの形状がよい」とのコメントがありました

雪の結晶の次は、桜の花びらをパスタに

2013年、営業部長となった貴子さんは、玉谷製麺所が開発したショートパスタの販売戦略を任されます。お客さんから「雪の次は桜をつくってね」と言われ「この技術があれば作れるかもしれない」と考えた貴子さん。雪結晶パスタを完成させたことで、先の金型メーカーからも評価され、積極的にアドバイスをもらえるように。金型は完成しましたが、問題はピンク色をどう再現するか。添加物ではない、熱で分解されない赤色を探していたところへ、近所の農家さんが「何とかして欲しい」と市場に出せない規格外のビーツ(イタリア野菜)を持ってきます。「賜りものだ」と感じた貴子さん。ビーツのペーストを練り込むことで美しいピンク色の「サクラパスタ」が完成しました。
完成してすぐの2015年11月、新宿駅で東北の物産フェアがあり、テスト販売をしてみたところなんと30分で完売。様々な展示会では多くのバイヤーの目を引き、商流がなかった高級スーパーとの取引も始まりました。

桜の季節はもちろん、祝い事や特別な日などに喜ばれるサクラパスタ。「おみやげグランプリ2017」各国審査委員長賞(アメリカ)受賞。イタリアサンマリノ共和国での晩餐会にも使われました

桜の季節はもちろん、祝い事や特別な日などに喜ばれるサクラパスタ。「おみやげグランプリ2017」各国審査委員長賞(アメリカ)受賞。イタリアサンマリノ共和国での晩餐会にも使われました

地域のフードロスをなくし、地域の活性化にもつなげる

玉谷製麺所のショートパスタシリーズ。通販はもちろん、県産品を取り扱うセレクトショップでも購入できます

玉谷製麺所のショートパスタシリーズ。通販はもちろん、県産品を取り扱うセレクトショップでも購入できます

2020年発売の「クラゲ夢パスタ」は6種類のクラゲの形を繊細に表現。「ポリプ」「エフィラ」など成体前の形もあり、クラゲの知識も得られます

2020年発売の「クラゲ夢パスタ」は6種類のクラゲの形を繊細に表現。「ポリプ」「エフィラ」など成体前の形もあり、クラゲの知識も得られます

その後もトマトを使った「おひさまパスタ」やニンジンを使った「月もみじパスタ」など、地元農家の方々と協力し、新しいショートパスタを次々と発売。2020年発売の「クラゲ夢パスタ」に練り込まれている庄内産トラフグの白子は、隣接する鶴岡市の加茂水族館のレストランで余っている白子を利用したもの。2021年1月に発売した「月山筍パスタ」には、西川町で採れる月山筍を丸ごと使用し、甘みと香りをふんだんに楽しめるパスタに仕上げました。
「食品ロスはあちこちにあります。特に地元で生まれているフードロスをなくしたいんです」

2021年発売の「月山筍パスタ」と虎杖の塩漬けを練り込んだ「虎杖うどん」。何時間たっても伸びず、歯ごたえが良い、会長曰く「最高のうどん」となったそうです

2021年発売の「月山筍パスタ」と虎杖の塩漬けを練り込んだ「虎杖うどん」。何時間たっても伸びず、歯ごたえが良い、会長曰く「最高のうどん」となったそうです

「地元の“もったいない”を、“おいしい”に変えたい」この思いが貴子さんの商品開発の原動力。自分たちが商品を生み出すことで、農業が活性化され、いい循環が生まれてくるのではないか、と考えています。サクラパスタがヒットし、ビーツが足りなくなってしまった時は、地元農家が生産量を増やしてくれたそう。「月山筍は、値段がつかなかった規格外を使うことで、今後生産者が増えていくかもしれない。生活が成り立つとわかれば後継ぎも増えるかもしれません」

はるか昔、地元の小麦農家さんから、余っている小麦を何とかして欲しいと請われ、うどんづくりをはじめた玉谷製麺所。貴子さんの商品づくりには、その原点を貫く魂が宿っていました。
斬新な発想と行動力、そして「もったいないをなくす」精神。これからも地域の農業を元気にし、私たちに心躍る商品を届けてくれるに違いありません。

プロフィール
有限会社玉谷製麺所 専務取締役 玉谷貴子さん

新潟県長岡市生まれ。岩手大学農学部生物応用学科を卒業し、2000年に有限会社玉谷製麺所入社。フードアナリスト1級、食生活アドバイザー、山形県6次産業化プランナー、山形県認定庄内浜文化伝道師など、さまざまな資格と肩書を有し、社会貢献活動にも注力している。時にはクラゲマイスターとして、加茂水族館でボランティアガイドの活動もこなす。

勝負メシ 鯵のたたき

「小さい頃、よく家族で魚釣りに出かけていた」という貴子さんは、大の魚好き。数ある得意料理の中で、特にお気に入りがお母様直伝の「鯵のたたき」。新鮮な鯵を細かくしすぎない程度に切り、みじん切りのネギとすったショウガをのせ「食べる直前に醤油に混ぜて食べる」とのこと。写真の鯵は貴子さんが釣り上げたもの。

写真提供:玉谷貴子さん

この記事を書いた人
おれんじかいぎさん

おれんじかいぎさん
Profile 山形会議のキュレーター。長井市出身。「包丁を研いだら、切れ味がよくなった」など、日常の幸せを見つけることが得意。頼れるお姉さんとしていつもニコニコ見守ってくれる。
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