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2023.03.30成形合板技術を核に、美しくも心地よい家具を生み出し続ける
株式会社天童木工 代表取締役 加藤幸男さん
天童木工の象徴ともいえる名作「バタフライスツール」(写真提供:天童木工)
繊細で美しい曲線を描く家具をつくる上で欠かせない成形合板の技術。この技術を日本でいち早く実用化したのが株式会社天童木工(以下、天童木工)です。 世界的建築家やデザイナーに支持される技術や、新しい家具への取り組み、ものづくりへの想いについて、代表取締役 加藤幸男さんにお聞きしました。
軍需品生産から家具づくりへシフト
1956年、世界でも認められるプロダクトデザイナー、柳宗理氏によって発表された「バタフライスツール」。 一度は耳にしたことのある方も多いかもしれません。まるで蝶が羽を広げたようなフォルムが美しいこのバタフライスツールをはじめ、数々の名作家具を生み出してきたのが天童木工です。
歴史的名作が並ぶショールーム。椅子は実際に座って座り心地を試すことができます
天童木工の歴史の始まりは1940年のこと。天童町(当時)近隣の大工、建具、指物職人などが集まり、「天童木工家具建具工業組合」が発足しました。 戦時中は、弾薬箱や偵察機の目をごまかすための木製の「おとり飛行機」を製作していましたが、家具づくりに乗り出すきっかけとなったのが、終戦後、手持ちの材料を使ってちゃぶ台や流し台などをつくり始めたことでした。その後、日本に滞在する進駐軍向けの家具を請け負ったことが現在まで続く「洋家具」づくりの契機となりました。
(左)天童木工家具建具工業組合結成時。(右)木製おとり飛行機(写真提供:天童木工)
(1枚目)天童木工家具建具工業組合結成時。(2枚目)木製おとり飛行機(写真提供:天童木工)
「天童木工家具建具工業組合の共同作業場が天童駅近くに完成したのが1940年6月12日。この日が天童木工の創立記念日になっています」
「おとり飛行機製作でも指導を受けていた国立工藝指導所(後に産業工芸試験所)の剣持勇氏に、洋家具のデザインと生産指導をしていただきました。剣持氏は天童木工の“成形合板技術”の礎を築いた人物」と加藤さん。天童木工が多くの名作を世に送り出すことができたのは、剣持氏との出会いがあったからでした。
1,400脚の客席椅子という初の大量生産が、“成形合板の天童木工”を世に知らしめる
今では天童木工の代名詞となった“成形合板技術”。どのようにしてその技術を取り入れ、確立していったのでしょうか。
「成形合板とは厚さ1㎜程の薄い板(単板)に一枚一枚接着剤を塗布して重ね合わせ、それを型に入れてプレスし熱を加えて曲げるという技術です。これにより“強くて軽い”という性質を持ち、しなやかで美しい曲線を描く成形合板の家具が出来上がります」
初期の成形合板のプレス機と、天童木工の成形合板技術を導いた乾三郎氏(写真提供:天童木工)
当時かなりの高額だった高周波加熱用発振機を導入し、成形合板の研究がスタートします。その後も試作を繰り返し、しなやかな曲線を生み出すため、技術に磨きをかけていきます。その技術が社会的にも注目されるきっかけとなったのが、1953年竣工の愛媛県民会館の客席椅子。
「日本を代表する建築家、丹下健三氏が設計したもので、観客席を天童木工が担当しました。成形合板製の椅子1,400脚という受注は天童木工にとって初の大量受注。当時はプレス機が1台しかなく、交代制で昼夜を通して動かし続け、やっとの思いで1,400脚をつくり上げたという苦労話が伝わっています」
丹下健三氏の初期作、愛媛県民会館(後に愛媛県民館と名称変更)。「成形合板にチャレンジしている建築家たちが求めるカーブを実現し大量納品できたことで、天童木工は社会的にも注目されるようになりました」(写真提供:天童木工)
世界に羽ばたいた、バタフライスツール
1956年、天童木工に新しい仕事が舞い込みました。柳宗理氏デザインの「バタフライスツール」の製作です。柳氏が考えた3次元成形の複雑な曲面を実現できる工場がなく、仙台の産業工芸試験所の紹介で天童木工に声がかかったのだそう。
「柳宗理氏はスケッチをせずに手でモノをつくって考えるデザイナー。当時は塩化ビニールの板を温めて、手で曲げて形を表現していったといいます。その形状を再現するために試行錯誤を繰り返し、完成までに約3年を要しました」
バタフライスツールは、厚さわずか7.5㎜の2枚の成形合板を真鍮金具でジョイントしただけのシンプルなスツール。その柔らかく繊細なフォルムのなかに、驚くほどの強度を併せ持ちます。
世界でも認められたバタフライスツールはニューヨーク近代美術館(MoMA)やルーブル美術館などに永久収蔵品としてコレクションされ、天童木工の名が海を越えて知られる大きなきっかけとなりました。
ただただ見とれてしまう美しい曲線。こんなにも繊細に見えて、強度もしっかり備えているところが驚きです
(上左)バタフライスツールの表面材に下から光を当て、穴やホコリなどがないか入念に確認します。(上右)単板一枚一枚への糊通し。糊を塗った瞬間から乾いていってしまうので時間との勝負です。 (中左・右)糊通しした単板7枚を表面材2枚で挟んでプレス機へ。木のきしむ音を聞きながら圧力のかけ方を調整。(下左)スプレーガンを使って均一にウレタン塗装します。塗装と研磨を7~10回繰り返し、着色するとともにキズを防止し、長く使ってもらえる家具へ。 (下右)2枚の成形合板に真鍮金具を通して締め付けます。バタフライスツールのネジを締めるためだけの工具を、職人自らの手でつくっているのだそう
(1枚目)バタフライスツールの表面材に下から光を当て、穴やホコリなどがないか入念に確認します。(2枚目)単板一枚一枚への糊通し。糊を塗った瞬間から乾いていってしまうので時間との勝負です。 (3,4枚目)糊通しした単板7枚を表面材2枚で挟んでプレス機へ。木のきしむ音を聞きながら圧力のかけ方を調整。(5枚目)スプレーガンを使って均一にウレタン塗装します。塗装と研磨を7~10回繰り返し、着色するとともにキズを防止し、長く使ってもらえる家具へ。 (6枚目)2枚の成形合板に真鍮金具を通して締め付けます。バタフライスツールのネジを締めるためだけの工具を、職人自らの手でつくっているのだそう
天童木工の歴史と“今”が融合した、新しい椅子が誕生
製品化まで約3年の歳月がかかったバタフライスツール。その背景にはどんなに難しい形状やデザインであっても「“できない”とは言わない」、天童木工の職人たちのプライドがありました。「そうした職人魂は現在に受け継がれています。今の職人たちもデザイナーや建築家に難題を言われても、できないと言わずにやり続けていますから」
2020年、創立80周年を迎えた天童木工。「JAPANESE MODERN /80 PROJECT」と題した記念事業では、国内外で活躍する注目のデザイナーや建築家3名とともに新しい椅子の製作に取り組みました。テーマは「2021年のジャパニーズモダン※」。この新作は、これまで天童木工が日本を代表する建築家やデザイナーと生み出してきた家具の原点に立ち返りつつも、未来へのまなざしを加えたもの。天童木工の“今”を映し出す新しい椅子が誕生しました。
※ジャパニーズモダン
天童木工と関わりが深い世界的なインテリアデザイナー、剣持勇氏(1912-1971)が提唱した言葉。剣持氏は「日本における今日(こんにち)のよいデザイン」と表現し、伝統を重んじながらも型にはまることなく、時代とともにある材料と工法で表現を行うべきだと啓蒙した
Swing chair/Design: 中村拓志&NAP建築設計事務所
成形合板ならではの木のしなりとやわらかな張りにより、ゆったりした座り心地を追求。T字型の背は肘置きの機能も(写真提供:天童木工)
SAND/Design: 二俣公一
無垢材の脚を、座面、肘掛け、背もたれの3つの成形合板のパーツで挟む(サンドの由来)斬新な構造が特徴。前後どちらからでも座れるバックレスタイプ、背ありタイプ、複数脚を連結させたベンチタイプも展開(写真提供:天童木工)
PLYPLY/Design: 熊野亘背
背もたれと座面を一体とした滑らかな曲面は、天童木工の成形合板の技術が凝縮したデザイン。ベーシックなシルエットながら普遍的な美しさをまとっています(写真提供:天童木工)
未来を見据え、独自技術や新素材の開発に挑む
「バタフライスツールをはじめとする、1940~1960年代につくられた歴史的価値のある製品を今後も作り続け、守っていくことが使命」と語る加藤さん。一方で、未来を見据えた新しい取り組みもはじめました。それは軟質針葉樹を使って家具をつくる独自技術の開発です。
戦後の復興期に植林されたスギやヒノキ、カラマツなどの針葉樹。しかし、日本の森林面積の4割を占めるこれらの人工林は、輸入材の増加や林業の低迷により手つかずのまま放置されているといいます。「使われていない針葉樹を活用し、日本の森林を守る手助けになれば」と、この取り組みが生まれました。
軟らかい性質から家具には不向きとされてきた軟質針葉樹。天童木工では「軟質針葉樹をスライスし、ローラーでプレス(圧密)した後に、成形する独自技術『Roll Press Wood』を新たに開発しました。それによって、しなやかな曲線や繊細なフォルムといったデザインを実現できることが強みですね」
単板をローラーでプレスする工程
地場産の木材を使いたいという官公庁からの依頼が多いといいます。軟質針葉樹の中でもスギ材は、赤身(心材)と白太(辺材)の差がはっきりした表情豊かな木目が特徴(写真提供:天童木工)
さらに、自動車内装部品に関わる事業では、自然由来のスギを原料として製造する「改質リグニン」に注目し、企業を越えてプロジェクトチームを組織し取り組んでいます。
「改質リグニンはさまざまな材料に組み合わせることに適しています。天童木工は『強度がある・熱に強い』という特徴を持つ、改質リグニンを含有させたバイオプラスチックを活用したインサート成形技術の開発を進めています。従来の環境負荷の大きい素材を改質リグニンを含有したバイオプラスチックに代替することで、サスティナブルなものづくりを実現したいと考えています」
(左)環境に優しい新素材として近年注目されている改質リグニンを含有させた樹脂材料。(右)内装パネル、ステアリングなどの自動車内装部品も手掛ける天童木工。自動車産業の安全基準は高く、家具以上に精度や耐久性が要求されます(写真提供:天童木工)
(1枚目)環境に優しい新素材として近年注目されている改質リグニンを含有させた樹脂材料。(2枚目)内装パネル、ステアリングなどの自動車内装部品も手掛ける天童木工。自動車産業の安全基準は高く、家具以上に精度や耐久性が要求されます(写真提供:天童木工)
80年を越えてたくさんの名作家具を世に送り出し、未来をみつめた新しい取り組みにも挑み続ける天童木工。数ある家具の中で加藤さんの思い入れのある製品を尋ねると、「やはり、バタフライスツールですね」と。「自宅で妻の鏡台の前において使っています。実は実用的じゃないなと思って買ったんですが(笑)、数十年使っていますが壊れないですね」とほほ笑みます。
「時代を越えて愛され続ける名作家具を絶やすことなく作り続け、販売を続けていくことが天童木工の役割だと考えています」
天童木工の家具が長く愛され続けている理由。それは、思わず見惚れてしまう美しいフォルムにとどまらず、暮らしの一部としてすっと溶け込み、心地よさや、丈夫さ、使いやすさといった実用性も兼ね備えているから―そう感じました。
蝶が羽ばたくように、天童木工から生まれる家具がこれからも広い世界へと羽ばたいていくことでしょう。
(写真提供:天童木工)
株式会社天童木工 代表取締役 加藤 幸男さん
1944年生まれ、宮城県出身。福島大学経済学部卒業後、1969年株式会社天童木工に入社。1989年取締役経理部長、常務取締役、専務取締役などを経て2022年6月代表取締役に就任。趣味は詩吟(岳精流)。バタフライスツールを自宅で数十年愛用している。
株式会社 天童木工
山形県天童市乱川1-3-10
(写真提供:天童木工)
この記事を書いた人
そらいろかいぎさん