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2020.10.01音楽がつないだ地域の絆。たくさんの希望を旋律にのせて
ピアニスト・チェンバリスト 福田 直樹さん
リモートワークやスライド勤務など働き方が多様化する中で、それに伴う「暮らし方」についても見つめ直す機会が増えています。今回は、東京から米沢市に移住し“里乃音”と命名した自宅の古民家を拠点に、世界的なピアニストそしてチェンバリストとして活躍している福田直樹さんにお話を聞きました。
静かに音楽に向き合うために選んだ“移住”という選択
米沢市の中心部より南へ約6km。米沢藩の下級武士「原方衆」が暮らしていた集落の一つとして知られる南原地区に、福田さんの暮らす古民家があります。1,500坪もの広大な敷地には茅葺屋根の母屋のほかに納屋も健在。建築当時の姿がほぼ手付かずで残されています。
「この家は上杉鷹山公に仕えた藩士・吉田綱富が1803(享和3)年に建築したものと聞いています。ほぼ一目惚れで購入を決め、2017年に東京から移り住みました」
学生時代をドイツやオーストリアで過ごし、その後は東京に住みながらも一年の半分以上はコンサートで海外や全国各地を飛び回る生活。国内外のさまざまな土地を見てきた福田さんが、山形を移住先として選んだのにはどんな理由があったのでしょうか。
「例えば世界に目を向けると、すべての価値観の中心がお金という国も存在します。仮に、“どうせ買うんだったら高いものを買いたい”から買ったモノと、“本当に良いものを買いたい”と思って買い物をして、その結果として高く買ったモノ。その二つは物質的には同じモノかもしれないけれど、自分の中に確かな満足感が残るのは後者ですよね。 値段よりも品質、さらにそこから得られる豊かな体験に価値を見出し、生活を営んでいるのが山形の人たち。それは音楽を楽しむ姿勢にも共通しています」
さらにこうも続けます。「食の豊かさも魅力の一つでした。移住先を選ぶ時に、実は最後まで迷っていたのが米沢市と岐阜県高山市の二つ。日本酒と蕎麦は山形の方が美味しいけど、キノコ料理は岐阜の方が上かな、とか(笑)。ですが最後の決め手になったのは人柄の良さ。移住前から毎年コンサートで来県していた山形とは20年来のご縁の中で、たくさんの方々との出会いがありました。山形の人は言葉数が少ないけれど、絶対的な安心感を与えてくれますよね」
そしてずっと「静かになれる場所」が欲しかったという福田さん。いかにも自宅の周囲は都会の喧騒とはまるで無縁の環境。部屋の中にもテレビやラジオはおろかオーディオの類もなく、この家では愛用のピアノとチェンバロだけが音を発します。
アトリエにて愛用のグランドピアノを弾きながら「このYAMAHA『セミコンサート』は学生時代から使用しているためしっとりと指に馴染み、とても愛着があります」と福田さん
子どもたちに魅せたい、僕が山形でしかできないこと
静かに音楽と向き合う環境に身を置いた福田さんですが、地元の人々との交流には実に積極的です。
「ここを会場にした“古民家コンサート”を年に2回開催しています。それから毎年8月には移住前からライフワークの一つとして続けている“スターダスト・コンサート”を開いています。ペルセウス座流星群がピークになる深夜に、裏庭で星を眺めながら僕のピアノを聴いてもらうコンサートで、とても好評なんですよ」
2020年は新型コロナウイルス感染症の影響でやむなく中止となりましたが、このスターダスト・コンサートの開催に合わせて地域の子どもたちと一緒に裏庭にあずま屋を手作りする計画もありました。
自宅を会場にして「古民家コンサート」の模様。チェロ・バイオリンにて室内楽を極めるコンサート、リーディングドラマコンサートなど、都度趣向を凝らしたコンサートを企画しています(写真提供:福田直樹さん)
「楽しいコト、刺激的なコトで溢れている都会に人が集まるのは当然のことですよね。地方に人を集めるために、都会にはない自然や文化の豊かさを発信することも一つの方法かもしれませんが、それ以上にそこに暮らす“人”に魅力があることが重要です。だから子どもたちには自分を磨く努力をして、他の人がやらないようなチャレンジをして欲しい。山形でしかできないことを僕が行動で示すことで、一人でも多くの子どもたちに生まれ故郷を見直すきっかけを作っていけたらと思っています」
そんな福田さんのエネルギーに巻き込まれるように、この家にはコンサートの度に子どもからお年寄りまでたくさんの人が集います。福田さんの演奏を通して、これまで地域にはなかった新たなコミュニティが育まれているのです。
自宅の広大な裏庭では、栗の木がたくさんの実をつけていました。ここで星を眺めながら福田さんのピアノを楽しむスターダスト・コンサートも開催しています
コミュニケーションにおける“音”の重要性を知ってほしい
コンサートホール以外にも学校や福祉施設への訪問コンサートなど、さまざまな場所で演奏を続けている福田さん。その傍ら、力を入れて取り組むのが講演活動です。その一つに、小中学校の国語の先生に向けた「言葉と音楽」という興味深い講演テーマがあります。
「国語と音楽は、 どちらも“コミュニケーション”という点で共通しています。言葉には、音楽と同じように「強弱」や「高低」、「早い遅い」、「間」(休符)等があります。自分の気持ちを正確に伝えたい時、それらを総合した“音”を適切に使って相手に言葉を届けなければなりません。国語の授業に音楽の要素を取り入れることにより、子どもたちが音を意識し耳を使うきっかけになる。そのことを先生方にお伝えしています」
3歳からピアノを習い始め、人生のほとんどを音楽と共に生きてきた福田さん。現在たくさんの人に深く慕われているのは、きっと音と同じくらいに、言葉を大切に紡いできたから。講演についてのお話を聞き、そんな確信が生まれました。
全国各地の小中学校への訪問コンサートは福田さんのライフワークの一つ。山形でも小中学校をはじめ、療育施設や養護学校にて訪問コンサートを実施してきました(写真提供:福田直樹さん)
まだ見ぬワクワクを、明日の世界に奏でよう
「僕には死ぬまでにやり遂げたいテーマがあって、それはバッハの平均律クラヴィーア曲集を収録すること。1巻と2巻合わせて48曲あるのですが、それをピアノとチェンバロの両方で弾くと計96曲。時間にして9時間、CDにすると8枚に及びます。ピアノとチェンバロの両方でそれをやった人はまだ誰もいないので、自分の指が動くうちにぜひ実現したいんです」
そんな明確な目標を持ちながらも、地域に溶け込み、人々との交流と田舎の自然を存分に愉しんでいる福田さん。
取材にお邪魔したのは8月。「ここ数日は庭の栗の実を拾うのが日課」という福田さんはこの日、自作の空冷式ビールサーバーを見せてくれました。近くにあるブルワリーの地ビールを家でより美味しく飲むために冷蔵庫を改造して作ったものだそう。
「最近はご近所さんがこのビールを目当てに遊びに来るんです(笑)。南原の人たちは皆、気骨があって楽しい人ばかり。野菜をお裾分けしてもらったり、何か困ったことがある時は手伝ってくれたり、本当によくしてもらっています」
日がな一日ピアノを弾いて過ごし、私たちとは別の世界でどこか気取った生活をしている人―。
漠然と思い描いていたそんなピアニストのイメージを、事もなげに吹き飛ばしてくれる暮らしがそこにはありました。音楽で、そして自分らしい生き方で。福田さんは次にどんなワクワクを届けてくれるのでしょう。ファンになりたての私ですが、それが今とても楽しみなのです。
伝国の杜 置賜文化ホールにて9月に開催された『トーク&ピアノライブ~米沢の自然と音楽がくれる心のエネルギー~』。“長く続くコロナ禍で疲弊した人々の心の癒しになれば”という想いから福田さんが中川 米沢市長や教育関係者の方々に提案し実現したこのライブは無料で開催されました
プロフィール ピアニスト・チェンバリスト 福田 直樹さん
1960年、東京都生まれ。桐朋学園大学を卒業後、渡欧しシュトゥットガルト国立芸大、ウィーン・コンセルヴァトワールにて研鑽を積む。ヴィオッティ、ポルトー、エンナ等の国際コンクールに多数入賞したほか、世界各国での演奏や音楽を通しての治療教育、学校や福祉施設への出前演奏を長年にわたり行う。2017年、米沢市南原猪苗代町に移住。2019年5月から3年間の任期で、米沢IJU(移住)応援大使を務める。