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2020.10.30

漬物文化が息づく東根から、安心安全なおいしさを届けたい

壽屋寿香蔵 代表取締役 横尾友栄さん

壽屋寿香蔵 代表取締役 横尾友栄さん

「東の山形、西の京都」と言われるほど、古くから漬物文化が独自に発展してきた山形県の内陸地方。青菜漬やぺそら漬け、おみ漬けなど、今も各家庭に脈々と受け継がれる漬物の種類は枚挙にいとまがありません。そんな漬物の里の一つ、東根市にある「壽屋寿香蔵」は創業1951年の漬物店。「食品添加物を一切使用しない食品づくり」を基本とし、漬物本来の滋味深いおいしさと安全安心にこだわった商品を提供し続けています。

原材料にまで徹底した「食品添加物不使用」へのこだわり

壽屋寿香蔵の3代目で、代表取締役の横尾友栄さん。前職がYBCのアナウンサーであるのは言わずと知れたこと。お店を訪れると、かつて私たちがテレビで目にしていたあのキラキラとした笑顔で温かく出迎えてくれました。お店の中に案内してもらうや否や、目に飛び込んで来たのは漬物やお菓子、お酢など、所狭しと並ぶ商品の数々。その多種多様なラインナップに共通するのは、すべてが壽屋の重んじる「磯部理念」に基づきつくられた食品であるということです。

磯部理念とは、食品コンサルタントの磯部晶策氏が『食品を見分ける』(岩波新書)にまとめた、「食品づくりの4条件・4原則」に代表される食品の質を上げるための指針。1960年代から食品の大量生産、大量販売による品質変化に警鐘を鳴らし、真の食品づくりのあり方を提唱したものです。

「この磯部理念と壽屋との出会いは、1990年頃にさかのぼります。先代である父(横尾昭男会長)が、磯部理念の掲げる“ごまかしのない食品づくり”に深く共鳴し、自らも実践していこうと決意。それまで当たり前だった添加物をすべて止め、“食品添加物を一切使用しない食品づくり”をはじめました。それを徹底し続け、現在に至ります」

壽屋寿香蔵に隣接する「野守の宿」の一角にて。120年以上前の商家を、建物の形や間取りには一切手を加えず2006年に再生した古民家で、団体のお客様の対応や時期に応じて展示会などのスペースとして活用することも

壽屋寿香蔵に隣接する「野守の宿」の一角にて。120年以上前の商家を、建物の形や間取りには一切手を加えず2006年に再生した古民家で、団体のお客様の対応や時期に応じて展示会などのスペースとして活用することも

磯部理念において、食品添加物は第1群から第3群までに分類されます。第1群は塩や砂糖等のように人類がいつ使い始めたかも定かでないほどの古い歴史をもっているもので、人間の生理上からも必要とされる添加物のこと。それに対して第2群はにがり・ワインの場合の亜硫酸等のように、既に数百年あるいは何千年の使用経験がある添加物を指します。そして第3群は近代の食品工業が製造上の能率や量産の必要性から開発した比較的新しい食品添加物です。

「第3群の添加物は科学的に合成されたもので、誕生してからまだ歴史が浅いため、使用しても人体に影響がないのかが立証されてはいないんです。それを摂取していることは、言うなれば現代の私たちの体を使って“実験をしているようなもの”だと磯部理念では考えられています。さらに味覚や品質上で必要不可欠なものはほとんどありません。ですから壽屋ではこの第3群の食品添加物の使用は一切禁止し、第2群についても極力使用しない、または使用量を減らす取り組みを行っています」

「世に言う“無添加”って非常にあいまいな表現なんです。それは“何を”添加していないのかが明確ではないから。今、法を整備しようという動きが進んできてはいるものの、各業界団体や一企業が“何を”添加していないのかを各自で決めていいことになっているのが現状です。ですから私たちはそれらと一線を画すためにも“無添加”という表現は使用せずに、“食品添加物を一切使用しない”と明記するようにしています」

さらに壽屋では独自に取り決めを設け、キャリーオーバー(※)も含めて食品添加物は一切使用しないことに。原材料一つひとつに及ぶまで徹底して食品添加物の使用を避け、安心安全な食品づくりにこだわり続けています。

※食品の原材料の製造・加工で使用されたもので、その食品の製造には使用されない食品添加物で、最終食品まで持ち越された場合に、最終食品中では微量となり食品添加物そのものの効果を示さない場合を指す。

100%りんご果汁をアルコール発酵、酢酸発酵2度の発酵をしっかり行い、さらに食品添加物は一切使用せずにつくり上げる壽屋の「本格醸造りんご酢」は3年もの歳月をかけて熟成させます。りんご果汁100%のためアルコールを添加しなくとも、りんごの持つ自然な力でアルコール発酵が行われると言います

100%りんご果汁をアルコール発酵、酢酸発酵2度の発酵をしっかり行い、さらに食品添加物は一切使用せずにつくり上げる壽屋の「本格醸造りんご酢」は3年もの歳月をかけて熟成させます。りんご果汁100%のためアルコールを添加しなくとも、りんごの持つ自然な力でアルコール発酵が行われると言います(写真提供:壽屋寿香蔵)

農家の方の知恵をヒントに生まれた「茜姫」

壽屋の商品を語る上で欠かせないのが、看板商品の一つである「茜姫」。地元東根産の完熟梅を砂糖漬けにしたお菓子で、口の中でとろけるような食感とほんのりとした甘酸っぱさが特徴です。

「茜姫に使用しているのは、地元東根市産の“節田梅”。もともと節田梅を育てる農家のお母さん方の間で『梅干しにするには皮が柔らか過ぎて実が大き過ぎる』ことから、自家用に砂糖漬にする“ぽたぽた梅”が流行っていたのだそうです。それがとてもおいしいという話を聞きつけた父がお母さん方に作り方を習いに行き、商品化のヒントにしたのが茜姫のはじまりです」

「木の上でぎりぎりまで熟成させた梅の実を、摘果してすぐに砂糖とりんご酢、ほんの少しの塩のみで漬け込むという、いたってシンプルな製法です。3か月間じっくりと漬け込んだ梅を重さによって選別して一粒ずつ袋に詰め、毎年10月下旬頃に販売しています」

この節田梅ですが生産農家の方々の高齢化や、さくらんぼの晩成化が進んだことにより、年々収量が減ってしまっているのだとか。このため、さまざまな品種の梅で試作を繰り返した結果、より節田梅の特徴に近い佐賀県産の南高梅を採用することに。一方、節田梅の植樹を増やしてもらえるよう農家の方々にお願いし、将来的には節田梅と佐賀県産南高梅の併売を目指しているそう。令和の時代の訪れとともに、茜姫も新しいステージへと進化しているそうです。

1998年には優良ふるさと食品中央コンクールにて優秀賞受賞、2006年には農林水産大臣賞を受賞したことでも知られる「茜姫」。上にナッツとチーズをのせていただくとお酒のおつまみにぴったりなのだとか。「お客様が私たちの思いもしなかった食べ方を教えてくれることもあります」と横尾さん

1998年には優良ふるさと食品中央コンクールにて優秀賞受賞、2006年には農林水産大臣賞を受賞したことでも知られる「茜姫」。上にナッツとチーズをのせていただくとお酒のおつまみにぴったりなのだとか。「お客様が私たちの思いもしなかった食べ方を教えてくれることもあります」と横尾さん(写真提供:壽屋寿香蔵)

今に生きている、コミュニケーションの力

今では漬物店の経営者としての仕事がすっかり板についた様子の横尾さん。ですがアナウンサー時代のご活躍ぶりが今でも鮮烈に記憶に残っているという山形県民はきっと少なくはないでしょう。横尾さんが16年もの間勤めたYBCを退社し、家業を継いだ経緯をうかがうと、こんな答えが返ってきました。

「アナウンサーの仕事はとても楽しかったし、自分でもずっと続けていくものだと思っていました。家業のことなんてほとんど忘れかけて過ごしていたのですが、ある日父から“家のことはどうするんだ。俺もいい歳だからそろそろはっきり決めてほしい”と言われて。はじめてそこで“そういえば私3人姉妹の長女だったんだ”って家を継ぐことを意識したんです。どうしようかなってすごく考えて、辞めたら担当しているラジオ番組を長年聴いてくださっているリスナーの方々を裏切ることになるんじゃないかとか、そんなことも含めて悩みに悩みました」

「一年半くらいずっと考え続けて、ふと気づいたんです。こんなに同じことで悩むっていうことは、例え今の仕事がどんなに楽しくて充実していても、“自分はきっと新しい仕事がしたいんだ”って。ようやく決断し、実家を継ぐことにしました」

壽屋に入社してからは常に時間に追われ「暇だと感じたことは一度もない」と話す横尾さん。でもそれが嫌だと思ったことはなく、自分はちょうどいいのだとか

壽屋に入社してからは常に時間に追われ「暇だと感じたことは一度もない」と話す横尾さん。でもそれが嫌だと思ったことはなく、自分はちょうどいいのだとか

こうして2008年に意を決して壽屋に入社した横尾さん。ですが最初の頃は、とにかくカルチャーショックの連続だったと言います。

「一従業員としてお店の中に入ってみて、あらゆるところでのルーズさが目についたんです。例えば電話があってもメモを残さないとか、そんな些細なことを含めて当時の私にとっては許せないことばかりで。ここには独自のやり方があって、今まではそれで回って来たのだろうけど、根本的にやり方を見直さないとダメだと思いました。特に父とは身内同士だから遠慮がないし、毎日のように喧嘩しました。頭に来すぎて10日間くらい出社拒否したこともあるんですよ(笑)。でもそうやってみんなとぶつかりながらも、少しずつ私なりのやり方に変えていきました」

「さらに、女性が主体性を持って働いていないことに違和感を感じたんです。何か思うところはあるのに、それを言わずにいた方がうまくやり過ごせるような雰囲気が暗黙のうちにあったんでしょうね。ですからとにかく私が言い続けたのは“こうした方がいいと思ったことはその場で声を上げよう”ということ。それが少しずつ浸透してきて、今は何でも話し合える、すごく良いチームワークで仕事ができるように。私やみんなにとっても働きやすい環境になっています。日々、リアルタイムで職場が良い雰囲気に変わっていくのを実感できるのが面白いし、その場で話し合いながら、すぐにやりたいことを実行できるのは、小さい会社ならではの強みだと思います」

壽屋のホームページやパンフレットには、商品の紹介にとどまらず、商品を活用したレシピの紹介や家庭で作れる漬物のレクチャー動画の掲載も。漬物や自社の食品を通じた豊かな食生活を提案しています。それらの企画はスタッフの方の意見なども取り入れながら、すべて横尾さんが中心となり手掛けているもの。

「お客様が求めていることを察したり、心をつかむちょっとしたポイントであったりは、以前テレビやラジオ番組に出演する中で勉強させてもらったことが基本になっていますね」と横尾さん。他にも「商品の特徴や作り手の思いを知る機会を作り、その上で選んでいただきたい」と、お客様向けのワークショップの開催も。接客や販促する上で欠かせないお客様とのコミュニケーションには、横尾さんの前職でのキャリアが存分に生かされています。

「意見は何でも口にすればいいというものではありません。改善しようがあるものと、“それを言ったらただの愚痴だよね”ってなるものの違いを理解しているうちのスタッフはとてもクレバーです」と横尾さん。お互いに信頼し合える関係性を築いている様子が伝わってきました

「意見は何でも口にすればいいというものではありません。改善しようがあるものと、“それを言ったらただの愚痴だよね”ってなるものの違いを理解しているうちのスタッフはとてもクレバーです」と横尾さん。お互いに信頼し合える関係性を築いている様子が伝わってきました

コロナ禍で実感した、お客様との強い繋がり

新型コロナウイルスが消費活動に暗い影を落とした、2020年の春。壽屋もご多聞に漏れず大きな影響を受けたそうですが、その厳しい状況下でもお客様との絆を再確認できる嬉しい出来事があったと横尾さんは教えてくれました。

「3月4月とお客様がパタリと来なくなって、当然売り上げも大きく落ち込みました。すると深刻な問題に直面したのです。茜姫は毎年7月に梅を漬け込み、10月に販売するというサイクルのため、6月頃に一年分の梅を購入するのですが、このまま売上が回復しないと今年は梅を仕入れることができず茜姫の販売を存続することが厳しいかもしれない…。だったら今ある茜姫を原価でもいいので売り切って、次の梅の購入資金に充てることにしたんです」

「そこで藁にもすがるような思いでその窮状をSNSで呼びかけたところ、それがみるみるうちに拡散して、予想をはるかに上回るほどたくさんの方が反応して茜姫を購入くださったんです。 “茜姫が食べられなくなったら嫌だから”って。色んな方の応援があったお陰で、無事に今年の梅を購入できることになり、心から世の中の温かさを感じました」

壽屋の通販カタログには、毎回横尾さんの手書き文字によるニュースレターが添えてあります。そこには、横尾さんがその時々で感じた思いや日々の他愛もない出来事、時には娘さんの成長についても綴ってきたそうです。今回のニュースレターで娘さんが小学校に入学したことを報告したところ、本当にたくさんのお客様から祝福の言葉が寄せられ、中には電話や手紙、お祝いを贈ってくださるお客様もいらっしゃったのだとか。

日頃からお客様との繋がりをとても大切にしている横尾さん。お話を聞いて、丁寧に築き上げてきた強い絆をうかがい知ることができました。

「人々のマスク姿が日常になった今だからこそ、めっきり見ることのなくなったマスクなしの笑顔をお届けしたい」という想いから、従来は商品写真を掲載していた通販カタログの表紙を2020年夏からリニューアル。横尾さん夫妻のツーショットがお客様に好評だったvol.70に続き、Vol.71では横尾さんのご両親(会長夫妻)のツーショットが掲載されています

「人々のマスク姿が日常になった今だからこそ、めっきり見ることのなくなったマスクなしの笑顔をお届けしたい」という想いから、従来は商品写真を掲載していた通販カタログの表紙を2020年夏からリニューアル。横尾さん夫妻のツーショットがお客様に好評だったvol.70に続き、Vol.71では横尾さんのご両親(会長夫妻)のツーショットが掲載されています

地元東根市を、もっと子どもたちが誇れるまちに

「東根にはたくさんの魅力があります。ですが、“行くところがない”とか“買い物するところがない”といった声をよく耳にするにつけ、地元商店主としてはまだまだ悔しさと力不足を痛感します。例えば茜姫を地元の人たちが東京の人に堂々と贈れる東根銘菓にしたいし、せっかく東根に住んでいるなら、東根にしかない良いものを選んで買おうという風に思って欲しい。子どもたちにそうした消費者マインドを育んでいく必要性を強く感じています」と、母としての目線も交えながら語ってくれた横尾さん。その発言から故郷への強い愛情がひしひしと伝わってきました。

食品づくりと、人と、丁寧に向き合い続ける横尾さん。何でも気さくにお話してくれる人柄から、きっと横尾さんに会うために来店するお客様が多いことも容易に想像ができました。ありったけの愛情と思いのこもった壽屋の商品は、これからもたくさんの食卓へ笑顔を運び続けることでしょう。

野守の宿の土間部分を活用した「ぬもりカフェ」は買い物ついでのほっと一息におすすめしたい落ち着いた空間。茜姫を漬けた際の梅シロップ「梅しづく」を使った茜姫梅玉サイダー(300円)や甘酒スムージー(グリーン・きなこ・ベリー/300円)などのオリジナルメニューも楽しめます。(価格はすべて税別)

野守の宿の土間部分を活用した「ぬもりカフェ」は買い物ついでのほっと一息におすすめしたい落ち着いた空間。茜姫を漬けた際の梅シロップ「梅しづく」を使った茜姫梅玉サイダー(300円)や甘酒スムージー(グリーン・きなこ・ベリー/300円)などのオリジナルメニューも楽しめます。(価格はすべて税別)

プロフィール 壽屋寿香蔵 代表取締役 横尾友栄さん

1970年、東根市生まれ。山形県立山形西高等学校、日本女子大学文学部史学科を卒業後、1993年にYBC山形放送に入社。その後16年間、看板アナウンサーとして活躍し数々のテレビ番組やラジオ番組に出演する。2008年に実家である壽屋寿香蔵に入社。2011年に代表取締役に就任し、父・横尾昭男会長と共に漬物講座やワークショップを開催し、漬物文化の継承や漬物の普及にも力を入れている。

壽屋寿香蔵

山形県東根市本町6-36

https://akanehime.com/

勝負メシ 料理・仕出し・地酒 青野

東根長瀞の地で鮮魚商として昭和5年に創業した仕出し料理店。「お刺身、焼き魚など青野さんの魚料理はどれをとってもクオリティが高いんです。宴会にもおすすめですよ」と横尾さん。冬はふぐ料理も楽しめるそう。

東根市長瀞4794-18
http://ryouri-aono.com/

この記事を書いた人
あかかいぎさん

Profile 山形会議のキュレーター。山形市生まれ、山形市育ち。大学で県外に出るも、就職で山形に戻る。趣味はパン屋さん巡りと、知らない公園を見つけては「公園マップ」をつくること。
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