work
2020.11.20山縣先生、私たちが未来のためにできることは何ですか? SDGsと山形のこれから
東北芸術工科大学 デザイン工学部 企画構想学科 准教授 山縣 弘忠 先生
2015年に国連が掲げたSDGs(Sustainable Development Goals: 持続可能な開発目標)に関心が高まる昨今。“誰一人取り残さない”という理念のもとに掲げられた、この世界共通の目標に向けて私たちはどのように取り組むといいのでしょうか。「山形会議」では、地方創生やローカルSDGs・中小企業におけるSDGsに詳しい、東北芸術工科大学の准教授・山縣弘忠(やまがた ひろただ)先生にお話を伺ってきました。
私たちの生活の中でも目にする機会が増えてきたSDGsの17のゴール。2020年はSDGs達成のための「行動の10年」“Decade of Action”として位置づけられています(詳細は 外務省HP を参照)
今まで感じてきた世の中への違和感
山縣先生は東京の下町、創業100年を超える老舗花火・玩具問屋生まれの江戸っ子。大学卒業後は大手アパレル企業で商売の基本を学び、その後web業界へ転身します。そこでは地域に根差した企業や飲食店の支援をする新規事業の立ち上げに携わりました。2019年から東北芸術工科大学で教鞭を執るまで、さまざまな経験を培ってきたそうです。
「そもそも自分のやりたい仕事が世の中に無いような気がしていて、学生の頃はずっと社会への違和感を持っていました。その中でもできるだけ“身近なもの”に携わろうと業界を絞り、アパレル企業へ入社することに。そこでは店舗や生産などのマネジメント業務を担当しました。とても忙しかったけれど、情熱的でおもしろい先輩方が多く、仕事は楽しかったですね。5年ほど経ち、ようやく業務に慣れてきた頃、不要になったハンガーが問題になっていることを耳にしました。廃棄処分の場所が無く、ある地方の谷が埋まってしまったという話でした。そんな折、商品の在庫の山を見て学生の頃からあった“社会に対する違和感”が再び燃え上がりました。洋服をつくっても流行りがすぐ終わってしまう―。社会にとってこのままのやり方で本当にいいのか、それは自分が本当にやりたいことなのかという疑問を持ちはじめました」。
「お気に入りの服を大切に手入れして、大事に着たいですよね」と山縣先生。最近ではアパレル業界でも、エシカル消費やサステナブルな取り組みを実践しはじめているブランドが増えてきています
「そこから縁あってECサイトのバイヤーへ。ストーリーのある日用品雑貨や家具、食品などを適正価格で生活者に届けるサイトの立ち上げに加わりました。その頃、地方で伝統工芸品など丁寧なものづくりをしている職人さんたちとの出会いがたくさんありました。今でも授業のゲストに来ていただく方も多くいます。よいものを長く使う暮らしがサステナブルだと思っているので、その出会いが僕の原点にもなっています」。
その時、職人さんや経営者の皆さんの困りごとが「もっと売ってください」ということに加えて、後継者不足や資金調達など、経営課題が山積していることを山縣先生は目の当たりにします。これは総合的に手当てしていかないと経営が立ち行かないと感じ、4年をかけて中小企業診断士の資格を取得。その間、勤務先のプロジェクトを共同で進めた、企画構想学科の学科長・ボブ田中教授との出会いがきっかけで、公募選考を経て東北芸術工科大学で教鞭を執ることになりました。
SDGsを大学の教材として扱う理由
「東北芸術工科大学の企画構想学科には“企画を通じて社会の課題を解決しよう”というテーマがあります。その手段として広告、マーケティング、広報、そして地域活性などそれぞれの先生の専門分野で教えていきます。その中でも僕はプロデュースを担当。先生方が教えていることに僕は横串を刺して、どう実行に移すかを学生には教えています」。
企画を打つ前に“社会課題を発見する力”を養うことが重要だと語る山縣先生。とはいえ社会経験が少ない学生たちにはそれは難しい。「それでも僕のゼミのガイダンスの時に学生たちにSDGsの話をしたら、ものすごくポジティブな反響があったんです。そこでSDGsを“社会課題を発見するツール”として取り入れることにしました」。
「そこで必要なのが“俯瞰的視点”=レンズです。社会課題をSDGsの17のゴールという枠組み=“型”にはめてみる。よく“型破り”という言葉がありますが、まずは型が無いと破れないから」と話す山縣先生
“山形の食を通し、地域課題と向き合う”―学生たちの思い
山縣先生の講義「プロデュース演習」の一環として、企画構想学科の3年生51名が、生産者やJA直売所、飲食店、ホテル等の県内企業・団体や、農業生産者の方々の協力のもと『ほおばるやまがた』というプロジェクトを始動。SDGsの枠組みを活用し、社会課題の発見・整理を行い、3つの企画を立案しました。そこには学生たちの山形の“食”を通して地域課題と向き合い解決を目指すことに加え「コロナ禍においても、山形を盛り上げたい!」という学生たちの思いが込められています。
「ほおばるやまがた」オンラインフェス(2020年)のプレスリリース
3つの企画にはSDGsのゴールをそれぞれ当てはめて活動。アイデア発想から実施準備の工程はビデオ会議システムを活用し、主にリモートでの取り組みとなり、企画のゴールは1DAYオンラインフェスという形で開催しました。初のリモート演習にもかかわらず、学生たちはチームワークで乗り切り、2020年のイベントは盛況のうちに終了。活動の様子は今後もサイトで更新していくとのことで、今後も学生たちの活動が楽しみです。
山縣ゼミの学生たちの活動の様子。SDGsを“自分ゴト化”して取り組むスピードは、大人たちよりも若い世代の方が早いと先生はいいます
ゼミ生たちから山縣先生の誕生日にはサプライズが。「ウエディングケーキモデル」というSDGsの本質を理解するための模式図をもとに学生たちが手づくりしたバースデーケーキ。自然由来の食用色素を使う工夫など、地域でのSDGsの実践をテーマにする山縣ゼミ生らしいプレゼント
山形でのローカルSDGsの取り組み
「SDGsは“人類共通の宿題”と言われていますが、まさにその通りだと思います。また、持続可能な“開発”目標と銘打っていますが、持続可能な“発展”目標と捉えると理解しやすいかもしれません」と先生は言います。2020年、日本のSDGs達成度は世界17位(出典:Sustainable Development Report[SDSN])。では現在の山形はどうなのでしょうか。
「トップランナーの自治体がものすごく先を行っていますが、山形県での取り組みがとても遅れているわけではないと思います。この1年ぐらいでどれくらいの楔(くさび)を打てるかというのがかポイント。若者だけでなく大人たちも、きちんと“知って”、“自分ゴト化”して“行動に移す”という3ステップが重要だと思うので、できるだけ働きかけをしていくしかないなと。でもいい芽は出てきていますよね」。
「SDGsは“地方創生のひとつのエンジン”として位置付けられています。地域の中で多様性をいかに引き出せるかということです。そういった意味では問題というよりは強みを見るためのツールかもしれない。例えば富山市は『全国住み続けたい街ランキング』(出典:生活ガイド.com)などでNo.1なんですよね。ひっくり返してみると富山はSDGsを全国に先駆けて取り組んできた地域でもあるんです。次世代路面電車を市内に走らせ、インフラを拡充したコンパクトシティの成功事例になっています。山形でも具体的なアクションを起こすべきです」。
山形市では『2050年ゼロカーボンシティ』を表明。再生可能エネルギーを動力とする車や公共交通機関へ切り替えないと、“選ばれない地域”になって人口減少が進んでしまうと山縣先生は警鐘を鳴らします。それと同時に、豊富な資源を生かした風力発電、水力発電、バイオマスなど、エネルギーをキーにまちづくりを進めていければ“選ばれる地域”になると、山形のこれからに先生は期待を込めています。
サステナブルな社会を目指し、私たちができる第一歩
では、私たちは目標達成のためになにかできるのでしょうか。
「いちばん大切なのは“いちばん大きな問題は何かを意識すること”です。例えば気候変動について意識するとします。水道水でお茶をつくる場合とペットボトルを購入する場合を比較すると CO2の排出量は1,000倍も違うといわれているんです」。―そこにある物質だけでなく輸送にかかるエネルギーのことまで想像すると、どう行動するべきかが自ずと見えてくると先生はいいます。「食の地産地消もそうです。なるべく近い産地のものを選ぶこと。山形は食が豊富なので恵まれています。SDGsの本質は“連鎖”なので、それが何につながっているのかをイメージできるように伝えることが、僕ら発信する側の役割だと思っています」。
「あとは電気です。日本の中の炭素のうちの約半分は石炭火力なので、再生エネルギーの比率の高い電力を選ぶこと。携帯電話の会社を替えるより難しくないですよ」。
山形新聞社が主催の『やまがたSDGsセミナー』の第1回目の講師も務めた山縣先生。その告知が掲載された新聞に、学科長のボブ田中先生からメッセージ付きで研究室に放り込まれていたそう。「学生たちには“一生懸命していたら必ず誰かが見てくれているから”と伝えています。その“誰か”が僕にとってはボブ田中先生をはじめ刺激をくれる人たち」と山縣先生
『第1回やまがたSDGsセミナー』の様子。誰でも参加できる『やまがたSDGs推進ネットワーク』(Yamagata Empowering SDGs Network[YES-Net]イエス-ネット) は情報発信・交流の場となるプラットフォーム。セミナーの情報などを詳しく知ることができます(写真提供:山形新聞社)
では、企業で取り組むべきことはどんなことでしょうか。
「僕もずっとサラリーマンをやっていたのでよくわかるのですが、企業で一度に進めるのは難しいかもしれません。例えば節電の場合、どれくらいコストダウンができたか、さらに環境の負荷としてどれくらいインパクトがあったかの見える化が大事。数字として結果を見せると、スタッフさんたちもある程度は納得します。SDGsの17のアイコンを眺めて何かできないかを考えることからでも、何もはじめないよりはいいはず。それだけでもきっと未来は違うと思います」。
サステナブルな社会を目指すために
これからの未来を、山形をつくる若い世代へ伝えたいことを最後に山縣先生に伺いました。
「“世の中は、ひとつずつ変えられる”ということをずっと言いたくて。小さなことでも自分で行動して、仲間を増やしてみると、学校の中の仕組みや校則も変えることができるかもしれない。そうして大人になった場合、地域を変える力が身につくと思うんです。身近なところに目標を落とし込んで、自分の力でできることからやればいい。子どもたちには、まずは焦らずにひとつひとつ行動してほしいと思っています」。
また、山縣先生にリフレッシュ方法を伺うと、ジョギングとお酒とのこと。「僕は毎月“100リットルのお酒を飲んで、100km走る”という目標を立てています。お酒は冗談ですが(笑)。でもつらいと続かないので、大好きなお酒も飲むしラーメンも食べます。芸工大の学食の辛みそラーメンが本当においしいんですよ」。
「山形は空気が澄んでいて、野菜も果物もお肉もお酒もおいしい。学生に聞くと水がいいから何でもおいしいと教えてくれます。世の中は全てつながっているんだと実感しますね」。柔軟な考えで自然体な山縣先生が、学生たちにとても慕われているのがよくわかります
――持続可能な開発(発展)を実現する=SDGsの目標を達成するには3要素の調和が求められるといいます。それは、経済開発(経済活動を通じて富や価値を生み出していくこと)・社会的包摂(社会的に弱い立場の人も含め、一人ひとりの人権を尊重すること)・環境保護(環境を守っていくこと)の3つです。逆にいうと、どれかいずれかが欠ければ、持続しないということ。山縣先生の学生たちへの思い、生活、そしてSDGs、すべてに一貫しているテーマはやはり“持続可能なこと”―。まずはできそうなことを見つけて、少しでも実行していく。肩に力を入れずに自分の行動を少しずつ変えていくことで、SDGsの貢献につながる生活をしていきたいですね。
プロフィール
東北芸術工科大学 デザイン工学部 企画構想学科 准教授 山縣 弘忠 先生
1975年、東京都生まれ。大学ではプロデュースデザイン、中小企業の支援、社会課題の発見の分野を担当。中小企業診断士の国家資格も保有し、企業コンサルティングや、SDGsのアドバイザーとして講演もこなす。
よく行くお店 東北芸術工科大学 学生食堂
一般的に学食は業務委託をすることが多い中、学校が直営する全国でも珍しい学食。市内有名ホテルのシェフを抜擢し、本格的なお料理をリーズナブルに堪能できると評判で、山形県民にもファンが多い。
※一般の方は、学生の利用が集中する時間帯(12:00~13:00頃)以外での利用がおすすめです。
※現在は学生・教員だけの利用に制限されています。
https://www.tuad.ac.jp/gakuseikaikan/