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2020.11.30“守ること、生かすこと”―風力発電から地元・山形の未来を考える
加藤総業株式会社 代表取締役社長 加藤 聡さん
山形県の民間企業初の風力発電事業へ参入した酒田市の加藤総業株式会社(以下、加藤総業)。再生エネルギー事業の取り組みや、地方都市の問題やこれからについて代表取締役社長の加藤 聡さんにお聞きしました。
山形県の地元民間資本による初の風力発電事業参入
北前船による交易の拠点となり栄華を極めた港町、酒田市。加藤総業は1899年に金物商として創業、現在は建設資材を扱う企業として2019年には創業120年を迎えた老舗企業です。2000年より社長を務める加藤 聡さんは4代目。2002年頃から風力発電事業への参入を計画しはじめた経緯についてこう述べます。
「酒田港に大手商社が風力発電事業をはじめるという話があり、中央のお取引先さまから一緒にやりませんかと声をかけていただきました。当時主軸の建設需要が減少する中、風車の建設には、私たちの主力商品として扱う生コンクリートや鉄筋などを使うので、事業化のメリットはあると思いました。もちろんお声がけいただいた企業はパートナーとしてとても信頼できる会社でしたから、これはチャレンジするべきだと自然な流れで取り組みをはじめました」。
「運転開始当時は再エネに対する理解もまだ充分ではなく、FIT(再生可能エネルギーの固定価格買取制度)もない時代、周りから見ると心配されるような大きなチャレンジではありました」と語る加藤さん
変わるものと変わらないもの
2005年に酒田市の「庄内風力発電所」3基を稼働させたのを皮切りに事業を拡大。2020年現在、建設中を含め庄内地方の風力発電所の数は全体で60基、総容量が118,450kWで、加藤総業関連はそのうち20基の36,710kW、総容量の約31%を占めています。20基で発電する電力は約22,700世帯分となり、庄内地域の1/5世帯に相当するまでとなりました。
他県の風力発電事業における地元資本の割合に比べると、この約3割という数字はとても高いです。山形県の風車は全国でも上位20番目の数を加味すると、加藤総業は地元資本の先導的役割を果たしていると評価されます。ではなぜその役割を果たせているのでしょうか。
「加藤総業が創業から変わらぬものとして大切にしている社是に“誠心誠意”という言葉があります。風力発電所の建設においては地元の理解がいちばん重要。それがすべてかもしれません。100%の人が納得するのは難しいかもしれませんが、地域とのコンセンサスや対話が鍵を握ります。私たちは今までの本業において、酒田市で地域の皆さまと共に歩んできたからこそ理解いただけたのではないでしょうか。中央の再エネ事業者の資本に頼っていたら地元に残るものは少ないと言わざるを得ません。地域でお金を巡らせるようにする仕組みづくりが大事だと思っています」。
2009年より稼働する酒田大浜風力発電所(画像提供:加藤総業)
遊佐風力発電所は2010年より、西遊佐風力発電所は2017年より運転を開始(画像提供:加藤総業)
またもうひとつ大切にしている言葉があると加藤さんは言います。
「松尾芭蕉の“不易流行”です。蕉風俳諧の理念のひとつで“古いも新しいも共に大切”のこと。風力発電事業に関わらず、加藤総業の本業は金物商から建設業へーその際も当時“建設の3要素”とされた石・砂・木材から、セメント・鉄鋼・ガラスに変化していくことを経験しており、商品には絶対の価値はなく時代の要請に価値があるとわかっていたことも現在につながると思います」。
“不易流行”は山形銀行・長谷川頭取もよく口にしている言葉。「事業費の調達では山形銀行のプロジェクトファイナンスという新しいスキームがなければ実現しませんでした」と語る加藤さん。社長室に掲げられた“不易流行”は第36代目木村庄之助による書。お取引先から120周年のお祝いに贈られた貴重なものだそう
社員の幸福と地域社会への貢献
2011年の東日本大震災を経験し、2015年からSDGs(持続可能な開発目標)が掲げられ、現在、私たちの社会で新電力、再生可能エネルギーへの理解や関心が大幅に深まっています。それ以前から再エネ事業に参入した加藤総業では、どのような取り組みをしているのでしょうか。
「SDGsは弊社の事業にフィットしているとは思いますが、特に社内への浸透は強く意識はしていません。海岸の清掃活動についてもSDGsがあってやっているわけではないんです。それに清掃活動は社員教育ということでも重要ですが、新エネルギーを担当する部署のスタッフの自然な発露からはじまったものなんですよ」。
加藤総業の社員による宮野浦海岸の清掃活動『クリーンアップ作戦』の様子。コロナの影響により懇親会など社内イベントが減る中、清掃後には芋煮のふるまいが。スタッフとのコミュニケーションの場となる貴重な機会だったと加藤さんは振り返ります(画像提供:加藤総業)
「ペットボトルだけ拾おうとしたって全くゴミは無くならないですよ。清掃前後の写真を見比べたら、その時はきれいになったように見えますが、冷蔵庫やテレビまでが海岸に打ち上げられているんです。加藤総業は重機を持っているので撤去できますが、人間の手だけではどうしようもなく、無力感があります。私たち人間はこんなにも地球を粗末にしているのかと目に余るものがあります。この体験は環境破壊の現状を知る機会として、私たちにはとても大切なことだと思います」。
「海外から流されてきたものかもしれないし、日本人が捨てているのかはわかりませんが、人間の倫理性や地球環境全体の問題ですよね。世界はつながっていますから」と話す加藤さん
酒田の強い風は地域資源。その先にあるもの
地元・酒田の発展への貢献を第一に考える加藤さん。建設資材卸売業を柱にしながら再エネ事業のほかにも公共施設の指定管理業務や空き家対策などといった、まちづくり事業にも関わっています。
「社内ベンチャーとして空き家対策事業をはじめました。リフォームをして次の人に住んでもらおうと思っていたのですが、実際は解体の要請のほうが多かった。集落が過疎化しているんです。このままでは行政サービスが行き届かなくなります。居住誘導や賑わいの創出することで、中心市街地に人を集めようと。酒田にある6社で『酒田まちなかプロジェクト株式会社』という会社もつくりました。人口が増えないなら集める―それが、人口減を課題とする地方都市が取り組むべき姿なのではないかと思います。もちろん簡単ではないことも承知の上です」。
「私たちは望む、望まないに関わらず“同じ船”に乗っているんです。なるべく泥船にならないようにしなくてはならない。小さくても丈夫で堅牢な船をつくっていく必要があります。豪華なクルーズ船じゃなくてもね」。
私たち地域は、皆同じ船に乗っている
加藤さんは次世代を担う人材に向けて、次のようにメッセージを贈っています。
「社員には“明るく素直で謙虚に、そして前向きに”といつも言っています。それは自分にも同じことが言えると思います。そうじゃないとご縁も寄ってこない気がします。この閉塞感の中でどのくらい前向きになれるか。コロナによって、全ての会社が生き続けられないメカニズムになりました。さまざまな価値観が今、世界中で変化しています。自分たちがどういうポジショニングで会社を経営していくのか、何を企業の柱として育てていくのか。たくさんの発想を駆使していくべきかもしれないですよね。ひとつの企業だけが儲ける時代ではなく、地域という単位で皆“同じ船”に乗っているんだという意識がやはり必要です」。
山形の取り組みにどんなことを期待していますか、という質問には「私なんてとてもお願いできるレベルではない」という言葉も。「私たちにできる小さなことでも、山形の未来を考えるきっかけにしてもらえたら」と謙虚に、前向きに話す加藤さんの様子はまさに“誠心誠意”の姿そのものでした。
遊佐町沿岸では洋上風力発電の調査が行われるなど、再生エネルギーがさらに身近になっています。風向きをとらえながらしっかりと前へ進む加藤さん。世の中の変化に合わせたビジネスモデルの実践に、さらなる期待が高まります。
鳥海山を望む遊佐風力発電所(画像提供:加藤総業)
プロフィール 加藤総業株式会社 代表取締役社長 加藤 聡さん
1962年酒田市生まれ。山形県立酒田東高等学校を卒業後、中央大学商学部経営学科へ進学。大学卒業後は三菱金属株式会社(現三菱マテリアル)で約10年の勤務を経て、1995年加藤総業入社。2000年に4代目として代表取締役社長に就任。株式会社庄内環境エネルギー、株式会社ウインドパワーさかた、株式会社ゆざウインドファーム、酒田まちなかプロジェクト株式会社等、関連企業の代表取締役も務める。公益社団法人山形交響楽協会理事等として文化や芸術活動にも寄与。2017年には加藤総業株式会社として山形県産業賞を受賞している。
勝負メシ 『東軒』のかつ丼
「得も言われぬ甘さとしょっぱさ。ごはんに汁が染みて、ちょっと厚めのとんかつにはちょうどいい脂身があり、半熟の卵がよく絡む。無性に食べたくなるんですよ。気兼ねなく食べられるという感じがあって」とご近所の老舗ラーメン屋『東軒』(あずまけん)さんのかつ丼がソウルフードだそう。
「お寿司屋さんもフレンチもイタリアンもスイーツも、庄内はどれもおいしい」と加藤さん。なかなか出張できないという現在、週末は奥様とスイーツ巡りも。散歩にもよく二人で出かけるようになり、庄内の魅力を再発見しているそうです。
『東軒』
山形県酒田市末広町9-24
http://www.sakatano-ramen.com/omise/azuma.htm