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2021.03.03

豊かな生活から“心豊かな”生活へ。山形の食を支える総合食品流通業の挑戦

株式会社 山形丸魚 代表取締役会長 矢野秀弥さん

かいぎさん
豊かな生活から“心豊かな”生活へ。山形の食を支える総合食品流通業の挑戦 | 株式会社 山形丸魚 代表取締役会長 矢野秀弥さん

「飽食の時代」と言われて久しく、好きなものをいつでもどこでも食べられる、便利で豊かな現代。しかしながら、朝食の欠食や、家族が同じ時間に食事をしない“孤食”、別々の物を食べる“個食”など、食をめぐるさまざまな問題が指摘されています。株式会社 山形丸魚(以下、山形丸魚)は水産物卸を柱に、調味料や加工食品、総菜まで幅広く扱う総合食品流通会社。今回は代表取締役会長 矢野秀弥さんに、社是に掲げる「心豊かな食の実現」に向けた同社の取組みや、山形の食文化などについてお話をうかがいました。

生活の原点は家庭。創業から大切にしてきた“だんらんの場”

山形丸魚の創業は1942年(昭和17年)。前年の太平洋戦争勃発に伴い国家の統制が敷かれ、不足した食料品を消費者に届けるために県内の水産物卸売会社が集まり合同で作った「山形県海産物配給統制組合」が同社の前身です。

「私の祖先が営んでいた店をはじめ、組合の多くの店舗が北海道や三陸などから水産物を集荷し、それを料理店や消費者に販売することを生業にしていました。太平洋戦争中は厳しい食料事情下で、水産物は持ってきたら売れるという時代。ご高齢の方々には懐かしい塩引きやサメ焼き、カド、クジラなど、貴重なたんぱく源を県民に届けていましたが、現在と比べると豊かとは言えない食事だったと思います」

戦後、日本は高度経済成長を遂げ、食料品は潤沢に供給されるように。豊かな食生活を送ることができる時代となりました。しかし、「豊かな食生活を送ることになって、果たして私たちの生活も豊かになったのか」――。矢野さんはそう疑問を投げかけます。

「昔は粗末な食事ではあったかもしれませんが、家族が揃って食卓を囲み、同じメニューを食し、同じテレビ番組を見て、当日どんな出来事があったかを互いに話していたのではないでしょうか。そんな“だんらんの場”が家庭にはありました。しかし、現在は家族それぞれが自分の好きなメニューを食したり、一人で食事をする孤食状態になったりと、忙しい世の中で食生活の変化・乱れが生じています。近年、社会問題となっている育児放棄や虐待、親殺しなど悲惨な事件が多発する背景の一つに、家庭のだんらんの場が失われていることがあるのは明らかです」

ご自身は実のお母様と奥様、ご長男夫婦、お孫さんとの4世代・8人暮らしという矢野さん。魚は切り身ではなく1尾ずつ購入し、アラまでまるごと美味しく召し上がるそうです

ご自身は実のお母様と奥様、ご長男夫婦、お孫さんとの4世代・8人暮らしという矢野さん。魚は切り身ではなく1尾ずつ購入し、アラまでまるごと美味しく召し上がるそうです

家族にとって大事な場である食事。その時間をより有意義なものにして欲しいと語る矢野さん。日々忙しい主婦の方々の調理の手助けをし、食卓をホッとできる場にしたい。引いては豊かな生活ではなく “心豊かな”生活を過ごすための食の提供を目指し、同社では様々な取組みを展開してきました。

「例えば生マグロの加工や鮮魚の身おろし、衣つけなど。素材である魚だけではなく、調理に使う調味料やレシピの提供なども合わせて行うようになり、これは弊社の総合食品流通業としての現在、そして将来もあるべき姿を顕著に現すものです」と矢野さん。これまでにも酒田港で水揚げされたスルメイカと県産米つや姫を使用した「山形いかめし」の商品化や、東根市の飲食店や庄内地方の酒蔵と提携し開発した「やまがた天然地魚漬け」、さらに山形市内の老舗料亭との商品開発・販売など、同社が総合食品流通業として付加価値を追求し続けてきた実践例は、枚挙にいとまがありません。

生鮮水産物以外にも加工品、一般加工食品、飲料、瓶缶詰、調味料まで幅広く扱っています

生鮮水産物以外にも加工品、一般加工食品、飲料、瓶缶詰、調味料まで幅広く扱っています

生マグロを解体してサクや切り身などに加工する楯岡工場。対象品目 生マグロ(ブロック・サク)で国内初となるHACCP認証を2003年(平成15年)に取得し、高度な衛生管理のもと安心・安全なマグロを流通するシステムを構築しました

生マグロを解体してサクや切り身などに加工する楯岡工場。対象品目 生マグロ(ブロック・サク)で国内初となるHACCP認証を2003年(平成15年)に取得し、高度な衛生管理のもと安心・安全なマグロを流通するシステムを構築しました(山形丸魚HPより https://www.maruuo.co.jp/ym/?page_id=93

山形丸魚にとって直接の顧客となるのは、商品を納入している小売店や外食店、ホテルなど。しかし、同社ではこれらを「お取引様」と呼び、「お客様」はあくまで消費者・生活者を指すのだと矢野さんは言います。

「お客様が望むものを、お取引様に提供するというのが基本の考え方。私どもは変化対応企業です。世の中は変化し続けていて、その変化に対応していかなくてはなりません。しかし、変えてはいけないものもあります。それは家族のあり方だと思います。日々の生活の原点は家族。今後もそのことを忘れずに事業を進めなければいけないと思っています」

伝えたい、和食の素晴らしさと「生き物の命をいただく」ということ

山形丸魚が長年にわたり力を注ぐ取組みの一つに、食育や魚食普及を目的として幼稚園児や小学生を対象に行う「お魚出前講座」があります。核家族化の進行により“食の伝承”が難しくなりつつある今、日本食の良さを見直しバランスの取れた食事をしてほしいとの願いから、同社の社員が地域の鮮魚店などと協力しながら実施。魚の生態の説明や身おろしの実演のほか、その魚を調理して子どもたちに振る舞い、上手な骨の取り方まで教えるという内容です。

山形市内の千歳認定こども園で2019年(平成31年)に実施した「お魚出前講座」の様子

山形市内の千歳認定こども園で2019年(平成31年)に実施した「お魚出前講座」の様子

「ご存じのように和食は2013年(平成25年)にユネスコ無形文化遺産に認定され、世界的に注目されています。さらに日本人の長寿を支える要因の一つが和食にあると世界的には考えられています。日本人はバランスの良い食事を摂っているからこそ健康であり、長寿でもあるのです。他のジャンルの料理を食することを否定するものではありませんが、いま日本人自身が和食の良さを忘れてしまっていると感じることがあります」

「特に顕著なのは、かつて世界一の魚食民族と言われた日本人の“魚離れ”。世界中で魚の消費量が増えているのに、日本だけがその流れに逆行しています。肉もたんぱく源として重要ですし、ぜひ食べていただきたいと思います。しかし、バランスの取れた食事には水産物や海藻も不可欠です。魚や海藻加工品、鰹節や昆布は世界共通語になった“うま味”に欠かせないものですし、このうま味を料理に活用することは塩分の使用を抑えることにも繋がります」

山形支社のある山形市公設地方卸売の様子。取り扱いの主力である鮮魚や水産加工品、冷凍物などの卸売・販売を行っています

山形支社のある山形市公設地方卸売の様子。取り扱いの主力である鮮魚や水産加工品、冷凍物などの卸売・販売を行っています

近海魚の卸売コーナーの一角にて。産地との情報交換を密にし、全国から選りすぐりの水産物を集荷できるように努めています

近海魚の卸売コーナーの一角にて。産地との情報交換を密にし、全国から選りすぐりの水産物を集荷できるように努めています

マグロの卸売場には全国津々浦々、遠くはインドネシアから集まったマグロがずらり。競りの場には矢野さんの姿もありました(写真 左から3番目が矢野さん)。毎朝市場に出勤してから天童市の本社へと向かうのが日課だそう

マグロの卸売場には全国津々浦々、遠くはインドネシアから集まったマグロがずらり。競りの場には矢野さんの姿もありました(写真 左から3番目が矢野さん)。毎朝市場に出勤してから天童市の本社へと向かうのが日課だそう

同社が取り組む食育は、そのように和食を見直し、魚食普及を促そうとするものであると同時に「生き物の命の尊さ」について学ぶ機会でもあると、矢野さんは指摘します。

「食事の前に“いただきます”と手を合わせるのは、様々な命をいただき、そのおかげで私たちは生きていられるという感謝の意味を込めているから。それは魚や肉に限ったことではありません。野菜なども畑にある時は生きていたのです。それを摘み取って、つまり野菜の命をいただいてそれが料理となって食卓に上り、私たちの口に入り血や肉となり人間の命を支えてくれているのです」

山形丸魚本社の敷地内には「お魚供養塔」が設置され、供養祭を毎年開催しています。「私どもが事業を継続できるのも、お魚のおかげ。感謝の気持ちを込めて供養させていただいています」と矢野さん。いただく命への感謝は、全社的に共有され浸透しています

山形丸魚本社の敷地内には「お魚供養塔」が設置され、供養祭を毎年開催しています。「私どもが事業を継続できるのも、お魚のおかげ。感謝の気持ちを込めて供養させていただいています」と矢野さん。いただく命への感謝は、全社的に共有され浸透しています

生き物の命をいただくという生業を続けてきた矢野さんだからこそ、その命の尊さを人一倍身に沁みて感じているのかもしれません。常々話題になる捕鯨をめぐる問題には、揺るぎのない答えが返ってきました。

「日本には昔から鯨を食する文化がありますが、それは肉だけを利用するのではなく、油は灯明などの灯りに、ヒゲは文楽の人形を操る糸にと、捨てるところがないほど有効に活用してきました。捕鯨基地であった山口県長門市には鯨を供養する供養塔があり、鯨一頭一頭に戒名をつけ感謝を示してきました」

「日本の捕鯨、並びに鯨を食する文化に対し欧米諸国は非難を繰り返しています。しかし、石油が開削される以前のランプや街灯の燃料は鯨油でした。欧米諸国も鯨油を求めて捕鯨を盛んに行い、しかも彼らは鯨から油だけを採って身である肉や皮は捨てていたのです。現在は“知能が高い鯨を食べるのは残虐だ”という論法で日本の鯨食文化を否定しますが、歴史を見てもどちらが鯨に敬意を抱き、大事に命をいただいてきたかは明らかです」

鯨の食文化継承の一翼を担うべく、2020年(令和2年)10月には全額出資子会社「シーブローズ」の工場を新設。水産加工業に参入し、ベーコンや竜田揚げなど鯨肉製品のほか、味付けの切り身魚などの生産・販売をスタートさせました

鯨の食文化継承の一翼を担うべく、2020年(令和2年)10月には全額出資子会社「シーブローズ」の工場を新設。水産加工業に参入し、ベーコンや竜田揚げなど鯨肉製品のほか、味付けの切り身魚などの生産・販売をスタートさせました

コロナ禍の食卓に見えた“心豊かな食”実現への希望の兆し

コロナ禍による外出自粛により、家で過ごす時間に注目が集まった2020年(令和2年)。県内の食料消費にはどのような影響があったのでしょうか。

「外食が減り、家庭内で調理・飲食をする機会が増えたことにより、弊社でもしょうゆや味噌などの基礎調味料が売れましたし、今まであまり売れなかったスパイス類の売り上げが好調でした。またホットケーキやたこ焼きなどを自宅で作ったのでしょうか、小麦粉やパスタ、乾麺が非常に売れました。意外だったのはスーパーさんの総菜が思うほど売れなかったことです。総菜品はほとんど調理済みで即食性が強いのですが売れず、同様にコンビニのおにぎりも売れませんでした。出来合いのものを買うよりも、自宅で作ろうという方が増えたのだと思います」

「スーパーさんでは生鮮三品はどれも売れています。魚離れが心配される水産品も、肉ほどではないですが前年よりも売れています。この流れはコロナ収束後も継続するものも出てくると思います。家庭内で調理し、食事をしたということはきっとだんらんの機会も増えたことでしょう。この流れはぜひ続けてほしいですね」

環境負荷低減活動やMSC/CoC認証取得など多岐にわたるSDGsへの取組み

さまざまな栄養素を含む食品を安定的に供給するという観点から、SDGsの目標3「すべての人に健康と福祉を」の実現に向けて重要なアクターと考えられている食品産業。山形丸魚ではこの目標以外にも、前述の食育活動や、2010年(平成22年)に開始した自社マニュアルに基づく環境負荷低減活動、2019年(令和元年)には海の豊かさを守る「MSC/CoC認証※」を取得するなど、SDGsの目標達成に幅広く貢献する活動を早くから進めてきました。その取組みをけん引してきた矢野さんに、SDGsへの考えについてうかがってみました。

※MSC:Marine Stewardship Council (海洋管理協議会)の厳正な環境規格に適合した漁業で獲られた水産物にのみ認められる証、すなわち「海のエコラベル」のこと。

※CoC: Chain of Custody(管理の連鎖)とは、加工・流通チェーン内でMSC認証を取得した漁業からの製品と非認証製品とを確実に分別するための仕組み。

「20世紀は消費する時代でした。しかし、そのために枯渇したり、危機に瀕している種がいっぱい出てきたりしました。現代を生きる私たちの役割は、私たちの子孫に資源を残し、私たちが営んできた食生活や環境を同様に利用することができる状態にすること。そのことがイコールSDGsであると思います」

「資源が再利用できるように過剰な漁獲は避けなればならないし、また地球温暖化は全世界的な問題であり、世界中の国が協力して阻止しなければならないものだと思います。これは国だけに任せて解決する話ではなく、私たちの企業それぞれが温暖化を阻止する行動をし、結果としてそれが国の取り組みとなり、全世界的な取り組みに繋がっていくものではないでしょうか」と語る矢野さん。今後もSDGsへの取組みをさらに加速させていきたいと、意気込みをのぞかせます。

天童市石鳥居にある本社事務棟の外観。2002年(平成14年)に移転し、低温物流センターや食品物流センターの機能をさらに拡充し、新時代の卸売業を目指して営業を開始しました

天童市石鳥居にある本社事務棟の外観。2002年(平成14年)に移転し、低温物流センターや食品物流センターの機能をさらに拡充し、新時代の卸売業を目指して営業を開始しました

本社物流棟の外観。摂氏マイナス55度の超低温帯、マイナス30度の冷凍(フローズン)帯、0度の冷蔵(チルド)帯、常温帯の全温度帯に対応する物流センターを備えています

本社物流棟の外観。摂氏マイナス55度の超低温帯、マイナス30度の冷凍(フローズン)帯、0度の冷蔵(チルド)帯、常温帯の全温度帯に対応する物流センターを備えています

人類に必要不可欠な「食」を通して、山形の発展に貢献したい

山形の魅力について問うと、「はっきりした四季と、そこで育まれる美味しい食べ物」と答えた矢野さん。「県民の皆さんが当たり前だと思っている山形の食ですが、どれだけ恵まれているかは来県した人の感想から知ることができます。果物やお米、日本酒はもちろんのこと、蕎麦やラーメン、水産物も美味しい。なぜ美味しいか、それは北前船のおかげです。京都料理に通じる食文化が山形にはあるのです」と笑顔を見せます。プライベートではそばの案内人「ソバリエ」を務めるなど、山形の食文化に深い思い入れをのぞかせる矢野さんにとって、日に三度の食事はとても楽しみなことだと言います。

「いま5GとかIT、IoTの時代などと言われ、通信環境の変化に伴って私たちの生活も変わっていくと思われます。しかし、世の中がどのように変わろうが、人間が生きていくためには口から食べ物を食するという行為は残り続けると思います。また東日本大震災のような天災が起こった時に、最初に必要とされるのが食料品です。被災地に向けて食料品を提供した当時、大変感謝され、私たちも自分の仕事に誇りとやりがいを感じました。日頃はあって当たり前で空気のような存在かもしれませんが、やはり食料品は人間の生活に不可欠なものです」

「私たちは県民の食を預かっていると思っていますし、山形の食文化を担っているという自負を持って企業活動をしていかなくてはなりません。企業は地域社会に有用な価値を提供することによってその価値が認められ、存続できるものではないでしょうか。これからも山形に生まれて良かった、住んで良かった、おいしい食べ物を食べられて良かったと言われるような山形であるよう、食の面から山形のまちづくりに貢献していきたいと思います」

矢野家から見つかった「カムチャッカ産鮭鱒の種類」の巻物は、矢野さんの宝物。紅サケ、銀サケ、サケ、マス、マスノスケ(キングサーモン)の5種類の魚が緻密に描かれ、それぞれの特徴も記されています

矢野家から見つかった「カムチャッカ産鮭鱒の種類」の巻物は、矢野さんの宝物。紅サケ、銀サケ、サケ、マス、マスノスケ(キングサーモン)の5種類の魚が緻密に描かれ、それぞれの特徴も記されています

プロフィール 株式会社 山形丸魚 代表取締役会長 矢野 秀弥さん

1952年、山形市生まれ。山形県立東高等学校から慶應義塾大学経済学部に進学。卒業後は岩手県の小売り会社を経て1980年に家業の山形丸魚入社。常務、専務、社長を経て2020年に会長に就任。同年から山形商工会議所会頭も務める。プライベートではそばの案内人「ソバリエ」、県民の森「森の案内人」としての横顔も持ち、山形の食や自然に親しんでいる。

株式会社 山形丸魚

山形県天童市石鳥居二丁目2番70号

https://www.maruuo.co.jp/ym/

勝負メシ 山形のすじこ

「人生最後に何を食べるかと聞かれたら、“すじこをあたたかいご飯にのせて食べる”と答えます。山形で売っているすじこは日本一。お取引先のスーパーさんでも一番売れるおにぎりはすじこなんです。皆さんも山形のすじこの美味しさを確かめてみてください」と矢野さん。水産物に限らず野菜や果物、より美味しいものを人々が欲し食する山形に、良い食材は集まってくるのだそうです。
店名

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この記事を書いた人
あかかいぎさん

Profile 山形会議のキュレーター。山形市出身。大学で県外に出るも、就職で山形に戻る。変な文房具とパン、魚卵と臓物が好き。似ていると言われる芸能人は櫻井翔と餅田コシヒカリ。
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