work
2022.08.30音楽の力を療育に。子どもたちの心をひらき、未来をひらく
認定NPO法人アジェンダやまがた 代表理事 児玉千賀子さん
レッスン室にて。「障がいのあるお子さんでも楽しく、抵抗なく使える教材を作りました」と児玉さん ※撮影時はマスクを外していただいています
歌を歌ったり、好きな曲を聴いたり…。私たちの生活の中で、触れる場面が多い音楽。この“音楽”を活用し、障がいのある子どもたちに音楽を用いた療育の場を提供している、認定NPO法人アジェンダやまがたの代表理事・児玉千賀子さんにお話を伺いました。
中心街から山形を元気にしたい
山形市の中心地に生まれ育った児玉さん。地元の高校を卒業後、大好きな音楽を学ぶために東京の音楽大学へ進学し、卒業後は都内の会社に勤務していました。
2004年、両親からの説得もあり、ご主人と共に山形にUターン。家業をご主人が引き継ぐ一方で、児玉さんは自分も何か山形のためにできることがないかを探し始めます。
「大学進学前まで住んでいた七日町ですが、昔より寂しくなっている姿を見て、”山形を元気にしたい“と強く思いました」
そこで児玉さんは、中心商店街に人を呼び戻したい、街を活性化させたいとの思いで昔から親交があった方々と任意団体“アジェンダやまがた” (アジェンダ=課題)を結成し、ほっとなるサロン「なのか」の運営を開始。
各種イベントや大人向けカルチャー教室、乳幼児向けの音楽教室を主宰するなど、精力的に活動を続けていく中で、児玉さんはあることに気づきます。それは、郊外の商業施設の利用が中心だと思っていた小さい子どもを持つ親御さんが「中心市街地を利用したい」という思いを持っていることでした。
そこで、子どもを対象とした音楽教室を充実させたところ、好評を得たのです。
当時の様子。児玉さんたちが考案した遊びや、楽器に触れたりと親子に笑顔が溢れます(写真提供:アジェンダやまがた)
障がいがあっても、自分らしく幸せに
児玉さんには3人のお子さんがおりますが、アジェンダやまがたを結成し活動を始めた頃、当時2歳だった長女に自閉症のような行動がみられるようになりました。
「当時は障がい児と家族を取り巻く環境は厳しく、具体的な改善方法も見つからず、焦ってばかりいました」
何をしたら治るのか、どうしたら良いのかと悩む日々が続いていた頃、児玉さんは運命を大きく変える人と出会います。公益財団法人スペシャルオリンピックス日本※を設立した細川佳代子さんです。
「2007年に来県した細川さんとお会いする機会があり、娘のことで悩みを相談させてもらいました」
すると細川さんから「治るとか治らないとか、そういうのはおかしい。障がい者を幸せにできるのは親や周りの人。お母さんがそんな風に言っては、お嬢さんがかわいそう」と言われ、目が覚めたと言います。細川さんとの出会いがなければ現在の自分はいなかった、大恩人ですと振り返ります。
細川さんとの出会いから、娘のために自分ができることはなんだろう?と模索し始めます。
そこで、学んできた音楽を活かしてできることはないかと調べていたところ、<音楽療育>という言葉に巡り合いました。
それまでは、演奏する事にしか興味を持てなかった児玉さんでしたが、療育という分野があることを知り、自分なりに勉強し、障がい児のための音楽教室を開設することを決意。
「最初は娘と数人のお子さんとビルの一角を借りて始めました。未知の分野でしたが、自分がやりたいと思うことをやっていました」
開設してしばらくすると、「こんな教室を待っていた」と、同じ悩みをもった方がたくさん集まりはじめ、教室はいっぱいになりました。
児玉さんは助成金を活用しながら活動を続けましたが、単年度助成のため1年で助成金は終了し、事業継続が難しい状況に。
「これからどうすべきかと悩んでいると、保護者の方々から“継続してほしい”という強い要望をいただきました。これはもはや続けない選択肢はないと思いましたね」
決心した児玉さんはさっそく行政におもむき、これまでの活動内容を報告し相談したところ、「指定障害児通所支援事業」という、いわゆる「児童デイサービス」(当時の名称)を開業してみてはどうかとアドバイスを受け、障がい児向け音楽教室を続けられることになりました。
※スペシャルオリンピックス(SO)とは、知的障害のある人たちに様々なスポーツトレーニングとその成果の発表の場である競技会を年間を通じ提供している国際的なスポーツ組織。
教室を始めた当時は音楽以外の活動も多く取り入れていました。「同じような悩みを持った方々と交流の場でもありました」と児玉さん(写真提供:アジェンダやまがた)
子どもの発達に合わせた教材を使い、手厚い支援を
その後、利用者のニーズに応じた、児童発達支援「音楽なかまアンジェリ」、放課後等デイサービス「音楽なかまプリモ」、地域生活支援「音楽サロンリナッシェ」と、3つの事業所を開設、音楽療育の場を多数提供していきます。
通所したいと問い合わせがきた時は、「どんな障がいであろうとも断らない」と児玉さん。
「自分の過去を思い返した時に、行くところなかったとか、誰に相談すればいいかわからなかったとか、救いがなかったことを思い返すと、来てくれた人を線引きするということは絶対したくないと思っています」
独自の方法で活動を続けていく中で、児玉さんは「音楽の楽しさでこころをひらいて耳をひらく」をコンセプトとした、既存の音楽療育や音楽教育のシステムによらない独自の指導法「こだまメソッド」を編み出します。その指導法に基づいた、ピアノ導入テキスト「あぷり~れ」や「一音木琴あるも」などの教材も開発しました。
「もしこんな内容のテキストや楽器があったら、障がいを持ったお子さんでも音楽を楽しめるだろうと思うものを形にしてきました。支援の現場では、指導者の方が精いっぱい関わってくださっていますが、その方法に迷いがあるとよく聞きます。支援者と子どもたちが、より良い関わりを持ってもらいたい。そんな思いを形にしただけの事です」と児玉さんはやさしく微笑みます。
「“ピアノ導入テキスト「あぷり~れ」”は、自閉症スペクトラムの特性に配慮しており、視覚情報量を少なくしてあります」と児玉さん
現在、ピアノ導入テキスト「あぷり~れ」は、指導書と、児童用の1から3巻までと、テキストに使用する色音符シールを発売中。全国各地の楽器店、書店でお買い求めいただけます(写真提供:アジェンダやまがた)
「一音木琴あるも」は木琴製造のトップメーカー「こおろぎ社」のプロデュースによる、温かく和やかな木の音色が特徴。金属音が苦手な子どもが多いことから、柔らかい音色の木琴を作ったそうです(写真提供:アジェンダやまがた)
「このように一つひとつバラバラになるので、発達に合わせて好きな音の数だけ合奏に参加したりと、いろいろなアレンジができます」と児玉さん
音楽をきっかけに、多様性を大事に育てていく
「音楽には全てを包む懐の大きさがあります。アンサンブルでは協調性を養え、また、仲間と一緒に演奏する楽しさも味わえます。音楽は、子どもたちの可能性を引き出し、成長を感じることができる素晴らしいツール。子どもたちが得意とする楽器や、奏でてみたい楽器を手に、いつもたくさんの笑顔を見せてくれますね」
現在は、音楽による療育の可能性をたくさんの人に知ってもらいたいと、山形大学や立正大学の教授と共に研究を続けたり、2021年3月には、「一音木琴あるも」を使ったコンサートを山形交響楽団のメンバーと共に行うなど、精力的に活動を続けています。
音楽の力で、一人ひとりに寄り添い、一人ひとりに合わせた音楽の魔法をかけていく児玉さん。
お子さんの個性を大事にしながら、アイデアとひらめきを持って行動していく児玉さんは、多様性を認め合うこれからの社会をさらに進化させていく人物になっていくと思いました。
耳を澄ますと、建物の中からは今日も子どもたちが奏でる音楽や笑い声が聴こえてきます。
グループレッスンの様子。レッスンでは、知らない曲でも調べて、対応してくれるそうです(写真提供:アジェンダやまがた)
プロフィール
認定NPO法人アジェンダやまがた 代表理事児玉千賀子さん
山形市出身。桐朋学園大学演奏学科音楽専攻卒業。東京で結婚後、2004年に山形市へ帰る。その後、中心市街地活性化を目的に、2007年に団体設立。2011年に音楽を活用した障がい児支援事業を開始し、指定障がい児通所支援事業所「音楽なかまプリモ」「音楽なかまアンジェリ」を運営し、障がい児を対象にした音楽を使った療育活動・音楽指導に力を注いでいる。2020年全国商工会議所女性連合会主催第19回女性企業家大賞奨励賞。