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2021.07.01世界とつながり、世界を変えていく、グローカル教育の未来
学校法人九里学園高等学校 理事長・校長 九里廣志さん
趣のある木造校舎は1935年(昭和10年)建設、1997年(平成9年)に国の登録有形文化財に指定されました
SDGsの達成や「Society 5.0」※の提唱など、さまざまな社会問題を解決する取り組みが始まっている日本そして世界。米沢市の九里学園高等学校は、グローバルな視点で社会問題を解決する学びに着目し、いち早く教育に取り入れてきました。その牽引役となったのが、第6代目校長の九里廣志さん。教育の成果や学園の方針、生徒たちへの想いについて伺います。
※Society 5.0・・・・狩猟、農耕、工業、情報に次ぐ第5の「超スマート社会」のこと。IoTやAIなど最新テクノロジーを活用し、一人ひとりが快適に暮らせる社会を実現することを目的に、日本が提唱している。
定期テストも通知表もない、けっぱり先生の教え
山形県米沢市の中心部、米沢城址近くに位置する九里学園高等学校は、1901年(明治34年)設立の長い歴史を持つ私立学校。創立者である九里とみ氏が『九里裁縫女学校』として開校し、1947年(昭和22年)、米沢女子高等学校となります。
九里さんが校長に就任したのは1992年(平成4年)、44歳の時。2年前までは東京都調布市にある『学校法人桐朋学園 桐朋女子中学・高等学校』で教鞭をとっていました。
「校長先生が生江義男という、とてもユニークな先生で、山口瞳さんの著書『けっぱり先生』※のモデルにもなった方です。定期テストも通知表もない、とても革新的な学校でした。21年間、社会科の教師として勤めましたが、実に多くのことを学びましたね。」
テストの点数で評価するのではなく、一人ひとりの個性を見る。その個性をどう伸ばしていくか。生江校長を中心とした桐朋学園の校風は、九里さんの教育方針に大きな影響を与えました。
※『けっぱり先生』(山口瞳著/新潮社)
試験廃止、PTA解散など、ねじ曲げられた教育のゆがみを正そうと情熱を燃やすガンバリ校長の奮戦を描く感動の学園小説。桐朋学園の生江義男氏がモデルになっている。
正面玄関のホール。校是の「礼」と「譲」には、人として成長するために大切な教えが込められています
校長に就任してすぐ、斬新な授業をスタート
九里さんが校長になってまもなく行ったのが、社会性を身に付ける『スペシャルプラクティス』。生徒たちが、学校に来るお客さんの受付や電話の応対をするというユニークな実習です。当番となった生徒は、その日一日は教室での授業は受けず、来校する方の用件を聞いて案内したり、お茶を淹れたりします。
「学校に来るお客さんの名前なんて、生徒たちは知らないから。何回も聞いたり、間違ったりもします。周りには申し訳ないけれど、これから社会に出ていく子どもたちのための良い学びの場です。」
キャリア教育やインターンシップなどの導入が始まる以前から社会性を育む教育を取り入れていた九里さん。「よその企業や団体に頼るのではなく、自分たち教師も社会の常識を学び、生徒に直接教えて社会に出したい」という思いがありました。
携帯電話で話すことが当たり前の現代。「職場にかかってくる電話を取るのが一番いやという社会人も増えています」と九里さん。就職した子どもたちからは、実習のおかげで抵抗なく電話を取れる、という報告があったそうです。
2年生と3年生が2人ずつ、1日4人で行うスペシャルプラクティス。現在は新型コロナウイルス感染症の影響により休止しています(写真提供:九里学園高等学校)
男女共学にし、『九里学園高等学校』と改名
1999年(平成11年)、九里さんは大きな改革に着手します。それまで女子校だった学校を男子生徒も入学する共学にしたのです。校名も『米沢女子高等学校』から『九里学園高等学校』に変更。
共学にした理由は一つ。「女の子を大切にする男の子を育てたかった」から。妊娠を理由に学校を中退してしまう女の子や、母子家庭で苦労しているお母さんなどのニュースに心を痛め、男の子にしっかりとした性教育や女性を大切にする教育を受けさせたい、と考えます。
「世間では少子化が進んでそれをカバーするために共学にしたんだろうと言われましたけど、そうじゃない。男の子と女の子が各々のアイデンティティを自覚しながら、ともに協力して生活をしていくための教育がしたくて男の子を入れたんです。」
男女それぞれが「家庭の中心的役割を担う」存在となることを願う九里さん。学校の合言葉「We are family」の精神にもその思いは込められています。
共学になり12年目となった2021年(令和3年)の生徒数は男子220名、女子221名とほぼ半数に
社会課題に向き合う、グローバルな視点での学び
留学生の受け入れや、アメリカ、オーストラリアの高校との交換留学や研修旅行など、海外との交流も早くから取り入れてきた九里学園高等学校。2015年(平成27年)には、文部科学省のスーパーグローバルハイスクール(SGH※)のアソシエイト(準指定)校となります。
「SDGsが話題になっていますが、自分の国や、自分だけがよければいい、という時代ではありません。今頑張らないと、これからの子どもたちにとって、大変な時代になってしまう」
国際的な交流を強化していく中で、「世界を語るには、土台となる地域や日本のことも語れる人間にならなければならない」と考えた九里さん。グローバルとローカルが一体化した教育の必要性を感じます。
そんな時、2019年(令和元年)、文科省が新事業「地域との協働による高等学校教育改革推進事業」を発表。地域課題の解決など探究的な学びを推進する事業で、「グローカル型」はグローバルな視点を持ってコミュニティーを支える地域のリーダーを育成することが目的です。九里さんは「多くの生徒に、SGHの学び以上に得るものがある」と考え、「グローカル型」モデル校の指定に応募、全国わずか20校のうちの1校となりました。
※SGH・・・文部科学省が国際的に活躍できる人材育成を重点的に行う高等学校を指定する制度。社会の課題に対する関心や教養、コミュニケーション能力、問題解決能力などを身に付けたグローバル・リーダーの育成を目指している。
校内に掲示されたSDGsの17の目標。早い時期からSDGsに基づいた学びを行ってきました
グローカル・ラーニングの大きな成果
プログレス・コースを中心に行っている「グローカル型」の探究型学習の授業。その一つに「朝の15分ゼミ」があります。新聞記事をもとに、週一回、3学年合同のグループで行う討論会です。生徒が各国の大使となり、国際問題について議論する「模擬国連」は、世界を知る学び。新庄東高等学校など他校の生徒にも参加してもらい開催しています(2020年はリモートで開催)。
国際的な学びを深める一方、フィールドワークやワークショップを通して、地域課題を解決する活動も盛んです。
「全国的に評価された研究発表もあり、楽しみな成果がでてきました」と九里さん。「地元産野菜“ゲンキナ”の6次産業化」を題材にした3年我妻里莉さんの研究は、「2021年全国高等学校グローカル探究オンライン発表会」日本語発表部門で銀賞を受賞。外国人技能実習生を社会的弱者にさせないことを目的とした「南陽市を多文化共生社会に」と題する、3年石川舞桜さんの研究は同発表会にて英語発表部門「金賞」と「審査員特別賞」を受賞しています。「世界とつながり、一緒に問題を解決していく子どもたちになって欲しい」という九里さんの願いが少しずつ現実となっているようです。
国際問題について議論する「模擬国連」の授業と、高畠町の歴史や有機農法について学ぶフィールドワークの様子。現在はプログレス・コースの生徒たちが対象ですが、ユニバーサル・コースへ発展させることも目標にしています(写真提供:九里学園高等学校)
「2021年全国高等学校グローカル探究オンライン発表会」で優秀な成績をおさめた石川舞桜さん(左)と我妻里莉さん(右)。我妻さんの発表は「全国高校生マイプロジェクトアワード2020」で「ベスト・コ・クリエーション賞」も受賞(写真提供:九里学園高等学校)
子どもたちの成長を見守る、あたたかいまなざし
同じ米沢市に在住する音楽家、福田直樹さんは、九里さんと旧知の仲。九里学園高校でも何度か生徒たちの前でピアノを演奏しています。
「学校の雰囲気というのは、玄関を入るとすぐに感じ取れます。400を超える学校で演奏していますが、1つ1つ学校の空気は違うんです。九里学園高校は、生徒さんたちのつくる雰囲気がとても良い」と福田さん。スペシャルプラクティスで窓口にいる生徒はもちろん、廊下ですれ違う生徒たちも、必ず元気な挨拶をしてくれるそうです。
「九里先生は、日本の未来にどういう人物が必要かまで見ている人」と福田さん。九里先生が教鞭をとった桐朋学園の音楽部門出身(桐朋学園大学音楽学部)という縁もあり、公私にわたりさまざまな親交があります。取材当日も学校にかけつけてくれました
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2021年(令和3年)、創立120周年を迎える九里学園高等学校。「社会の中でしっかり自分のやるべきこと、役割を果たせる人間になること」が教育の基本姿勢であり、人としてどう成長していけるかが大事だと九里さんは考えています。
「テストの点数や偏差値は評価のほんの一部です。小学校や中学校時代にほとんど学校に通えなかった子も頑張っています。スポーツが得意な子もいれば、看護や福祉の世界で頑張りたいと思っている子もいます。どんな子だって、社会で必要とされている。いろんな個性を持つ子どもたちに、それぞれどういう力をつけてあげればよいかを意識して教育していきたい」
テストの成績や偏差値以上に、人としていかに成長できるか。SDGsの“誰一人取り残さない”という考えに通じる教育の信念。120年の歴史ある学校で、次世代を見据えた先端の教育が行われていると感じました。
「ダンブルドア校長のような存在」と福田さんが称するように、九里先生には、生徒や先生はもちろん、多くの人々の尊敬を集めるオーラが漂っていました
プロフィール
学校法人九里学園高等学校 理事長・校長 九里廣志さん
山形県米沢市生まれ。山形県立米沢興譲館高等学校出身。同志社大学法学部を卒業後、学校法人桐朋学園桐朋女子中学・高等学校に21年間勤務し、米沢に戻る。1992年(平成4年)に学校法人 九里学園高等学校校長に就任。2009年(平成21年)、理事長に就任。創立者九里とみ校長は祖母、4代目九里茂三校長は父にあたる。公益社団法人 山形県私立学校総連合会 山形県私立中学高等学校協会会長。