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2023.07.28学びのシンボルから、新しい出会いが生まれるイノベーション拠点へ
やまがたクリエイティブシティセンターQ1 香坂 明さん
山形市のランドマーク「山形県郷土館・文翔館」から徒歩10分ほどの距離にある、山形市立第一小学校の旧校舎をリノベーションしたQ1。施設名は「旧一小」の愛称から由来します
やまがたクリエイティブシティセンターQ1(キューイチ)(以下:Q1)は2022年にオープンした施設です。建物の南側には現・山形市立第一小学校の校舎が隣接し、放課後となると市街地でありながら子どもたちの賑やかな声が。Q1に足を踏み入れると心地よい音楽が流れ、解放された窓からは鳥のさえずりも。 飲食店からはそれぞれ甘い香りや香ばしい匂いが漂い、食欲をそそります。「今夜はカレーにしよう」なんて考えながら自然とワクワクした足取りのまま、お話を伺うべくQ1運営事務所の香坂 明さんを訪ねました。
クリエイティブと産業を暮らしでつなぐ創造都市やまがたの拠点
正面の円形アーチをくぐりぬけると、コンクリートの階段が出迎えてくれます。ここで長い間、子どもたちの成長をどっしりと見守っていた堂々とした佇まいに、歴史を感じずにはいられません
「山形国際ドキュメンタリー映画祭など独自の文化を醸成してきた山形市は2017年、ユネスコ創造都市ネットワーク※ に日本初の映画分野で加盟が認定されました。山形市には映画だけでなく音楽やアート、デザイン、伝統工芸、食文化など多彩な地域資産があります。 Q1は“創造都市やまがた”を推進する拠点として誕生しました」と話す香坂さん。「Q1が目指すものは、市民、事業者、行政が連携し、創造性を産業へとつなぎ、新たな経済活動や人材創出を図りながら、持続的発展が可能な都市づくりを進めることです」
※ユネスコ創造都市ネットワークとは、2004年にユネスコが採用したプロジェクトのひとつ。「クリエイティブこそが都市の持続的な発展をもたらす原動力」とする都市間の協力や連携を目的としています。文学・映画・音楽・クラフト&フォークアート・デザイン・メディアアート・食文化という7領域があり、世界295都市(2021年11月現在)が加盟しています。
米沢市出身の香坂さん。進学を機に上京し、美容商社などで勤務。その後、2017年に山形県大石田町の地域おこし協力隊事業をきっかけに山形県にUターンしました
「Q1は1階から3階には飲食店や美容室、アパレルショップと書店、アートギャラリー、アトリエやレンタルスペースから、オフィスなど多種多様な空間が存在します。地下スペースは、公民館的な役割も。ショッピングだけでなく、ビジネスシーンでも活用されているので、それぞれの目的で多くの方が毎日訪れます」
キッチンや防音仕様のシアターなどのレンタルスペース、さまざまな仕事の方が入居するシェアオフィス(写真提供:Q1)
(左上)AndMERCICAFE(アンドメルシィカフェ)は本格的なベルギーワッフルが人気/(右上)「ぼた」は深煎りコーヒー専門店/(左下・右下)「ぼた」と同じく七日町の人気珈琲店BOTAcoffee系列のカフェ「つち」。カレーやホットサンドなどランチ(セットのサラダも人気)、プリンやカヌレなど、コーヒーと一緒に味わってほしいメニューばかり
(1枚目)AndMERCICAFE(アンドメルシィカフェ)は本格的なベルギーワッフルが人気/(2枚目)「ぼた」は深煎りコーヒー専門店/(3・4枚目)「ぼた」と同じく七日町の人気珈琲店BOTAcoffee系列のカフェ「つち」。カレーやホットサンドなどランチ(セットのサラダも人気)、プリンやカヌレなど、コーヒーと一緒に味わってほしいメニューばかり
多彩な創造性「クリエイティブ」の定義
音楽会、ポップアップショップやマルシェなど、その日によってさまざまな表情を見せるQ1。ある日は地元企業の会合や、プライベートな上映会、またあるときはウィスキー好きの交流など、日によって全く毛色の違う人たちが集うのもこの場所ならでは(写真提供:Q1)
美容商社勤務の頃、美容室のオープンやプロモーションにも携わっていたという香坂さん。山形県大石田町の地域おこし協力隊では駅前にある蔵をリノベーションした場づくりなどに関わりました。このように集客や創客、プレイスメイキングに関わった経験から次のように話してくださいました。
「Q1は、芸術や文化を愛する人やクリエイターはもちろん、すべての市民が訪れ、楽しむことができます。新しい出会い、新しい交流、新しいビジネス、新しいにぎわい、新しい未来が生まれるイノベーション拠点となることが“創造性をつなぐ”こと。
機会や場所をつくって終わりではなく、持続可能なエネルギーをかけ続けられる仕組みが産業には大切です。例えば、商品を販売したり、イベントをしたりする時は、継続するための適正価格で動かしてほしいという願いがあります」
香坂さんはこうも続けます。
「クリエイティブは日常にもあふれていることだと思うんです。例えば、山形県の代表的な文化でもある『食』も、農作物を育てるところから、素材を活かす調理まで、創造性の塊だと思っています。ごく普通の家庭の味も含めてそうです。そういった地元に根付く文化も発信できたらいいですよね」
なるほど、山形の地域資産や文化にはとても価値があることを、私たちはもっと誇りに思っていいのかもしれません。地域産業を育てるために支払う対価、リスペクトの意を込めて、それを適正価格と考えてもいいのではないでしょうか。
それと同時に、クリエイティブという言葉に構える必要はないものだと気付かされました。“クリエイティブの敷居”というものを一度、下げてみるといいのかも。Q1は誰でも受け入れてくれる場所だと思うと、安心しますよね。
答えは一つじゃない、Q1はいろいろな答えを発見できる場所
(左上・右上)金工雑貨を扱う汽水域さん。工房が併設されているので、窓からも作業の様子が見えることも。まさに社会科見学もできる場所(写真提供:Q1)/(左下)1階にある旅行会社のThe Hidden Japanさん。主にインバウンド向けのツアーで山形をいろいろな角度から全世界に発信しています/(右下)3階には企業のサテライトオフィスも並んでいます
(1・2枚目)金工雑貨を扱う汽水域さん。工房が併設されているので、窓からも作業の様子が見えることも。まさに社会科見学もできる場所(写真提供:Q1)/(3枚目)1階にある旅行会社のThe Hidden Japanさん。主にインバウンド向けのツアーで山形をいろいろな角度から全世界に発信しています/(4枚目)3階には企業のサテライトオフィスも並んでいます
「Q1」は「旧一小」の愛称のほか、クエスチョン=“問いかけからはじまる創造の場”“問いのはじまりの記号”という意味も込められているといいます。
「questionのほかにもquality(質)、quantity(量)、quest(冒険)でもある、とQ1の関係者が発言したこともあります。このようにさまざまな解釈があってもいいと思っています。
Q1代表の馬場から『香坂はここで何がやりたい?』と聞かれたときに、まず答えたのは“山形の仕事が発見できる場所”。自分がUターンするとき、山形にはどんな仕事があるかわからず苦労したんです。
帰ってみるとさまざまな仕事があって、面白い人もたくさんいて。自分が苦労した分、いいもの(quality)をたくさん(quantity)、ここから発信して、子どもから大人まで何か発見(quest)があるような場所にしたい。それは、私が山形で働く理由でもあるかもしれません」
1927年に建築されたこちらは、山形県内初の鉄筋コンクリート造りの学校建築で、国の有形文化財にも登録されています。むき出しの躯体は約100年前当時のもの。香坂さんはここを訪れる方には、まずこの建物を見てもらい歴史を感じてもらうようにしているそうです(左上 写真提供:Q1)
1927年に建築されたこちらは、山形県内初の鉄筋コンクリート造りの学校建築で、国の有形文化財にも登録されています。むき出しの躯体は約100年前当時のもの。香坂さんはここを訪れる方には、まずこの建物を見てもらい歴史を感じてもらうようにしているそうです(1枚目 写真提供:Q1)
廊下には「Q1 BOOKS」というコーナーが。近くには天童木工さんの椅子やY.D.K product(Aiwa Atelierさん)のベンチがあり、自由に座って絵本を楽しめるスペースもあります
「ここに集まる人たちが“山形は何もない”なんて否定的な人がいないのがうれしくてほっとします」という香坂さん。価値を認め合う人や企業が集まるからこそ、この心地よい空間が生まれている気がします
「Q1 BOOKS」の選書に携わるのが、1階にあるユニークなセレクトで本と古着を販売する「New Culture Boutique ニウ」さん。街の本屋さんでは出会えないような本ばかり
3階のギャラリーROOTS&Technique、ショップのROOTS&Technique the REAL store。さまざまな作家さんの展示が開催され、購入できます
「先日ふらっと立ち寄った男性が『どうせここで売っている器は高いんだろう』と懐疑的におっしゃっていたんです。でも帰りには自分の手に馴染んだという茶碗を購入されていました。
この前は日本のアイドルのファンだというグループが、ピザやドリンクを持ち寄ってレンタルスペースで応援上映会を開催。そこをたまたま通りかかったK-POPファンの子たちと仲良くなっている様子がありました。
作品に興味がなかった男性が毎日食卓であの器を使っている姿や、お互いの推しに興味を持ちはじめ、その子の世界が広がっていたら―、などを考えると面白いんです。ここならではの出会いや発見ですよね」。香坂さんの顔もほころびます。
「個人はもちろんですが、企業のつながりでもっと産業を生み出したり、ここをどう有効活用するかにもっと注力していきます。たくさんの目的がある施設なだけあって、一言でQ1を伝えきれないという側面もあるので、もっと地元の人に足を運んでもらえるように伝え方も工夫していきたいです」
ライトアップされるサインやモニュメント。まるでたくさんのクエスチョンがあるみたいです(写真提供:Q1)
初代入学された101歳の大先輩が来館されたこともあるそうで、長く愛されている場所だと実感する出来事も。テラス席から見る風景は、当時とどれくらい違うのでしょうか
「100年間、学びの場であったこの場所を、今後100年はさらに“誰かの一歩が踏み出せる場所”でもありたいです。Q1を行き交う全ての人と共に、次なる愛着のある場所をつくっていければ」と香坂さん。
今回の取材でも魅力を伝えきれていないので、実際に足を運んで、何かを発見してほしいです。きっと皆さんのサードプレイスになるはずです。
日も暮れた頃に取材が終わり、「今日はいつもと違うカレーをつくりたいな」という気分に。いつもと違うルウを選んで、普段入れない食材で。それだってクリエイティブかもしれないー。
そう思わせるような、小さなチャレンジも肯定してくれるような、あったかい場所でした。今度はテラス席で読むための本を持ってQ1に行こう。
プロフィール
香坂 明さん
1983年12月3日、米沢市生まれのA型。進学を機に上京し、東京の美容商社に就職。2017年4月、夫婦で大石田町地域おこし協力隊となり移住。コミュニティスペースの活用など町のPRに携わる。2020年からはQ1の立ち上げに尽力、現在に至る。趣味はキャンプやウィンタースポーツ、旅行。最近は温泉にも興味あり。好きな絵本はレイモンド・ブリッグズの名作『スノーマン』。
この記事を書いた人
みどりかいぎさん