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2024.12.23山形蔵王の温泉と自然を、後世へ紡ぐ
最上高湯 善七乃湯 代表取締役 十三代目 岡崎善七 さん
最上高湯 善七乃湯、貸切風呂「福禄寿」にて
蔵王連峰西側、標高880メートルの高地に位置する歴史ある湯治場・蔵王温泉。奥州三高湯の一つに数えられ、強酸性の硫黄泉が“美人の湯”として親しまれています。至るところでモクモクと湯気が立ち、硫黄の香り(正確には硫化水素のにおい)が漂う温泉街を歩けば「温泉に来たな」と気分が高まる、山形市随一の観光名所。その歴史を受け継ぐ旅館のひとつ、善七乃湯(旧・大平ホテル)の十三代目、岡崎善七さんに蔵王の魅力を伺いました。
心通わす、高湯のまち―蔵王温泉の歴史
「蔵王温泉は、西暦110年頃、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)の東征に従った吉備多賀由(キビノタガユ)が傷を癒やしたことが起源とされ、約1900年の歴史を誇る日本屈指の古湯です。当初は「高湯温泉」と呼ばれていましたが、1950年、蔵王山が観光地百選(山岳部門)第一位に選ばれたことを機に「蔵王温泉」と改名されました」
蔵王温泉の代名詞でもある大露天風呂は4月中旬〜11月下旬まで入浴可能。グリーンシーズンの蔵王観光の楽しみのひとつ
「5つの源泉群と47の源泉があり、全国でも有数の豊富な湯量を誇ります。泉質は強酸性硫黄泉で、全国でも2番目に酸性度が高いことが特徴です。強酸性の硫黄泉は肌と血が若返えるといわれ、美肌効果が期待されると、多くの人々から長年親しまれています。
蔵王の温泉街にはかつて17軒の湯宿がありました。うちはその1軒、辻屋旅館という湯宿を代々営んでいました。現在、おおみや旅館さんの足湯になっている場所です。1963年には現在の場所に移り、大平ホテルを創業。それからはスキーブームやバブル期で、温泉街全体が賑わいを見せていました」
蔵王の大自然とともに過ごした少年時代
四季折々の自然美が息づく蔵王。ここにしかない絶景が、いつ訪れても人々の心を魅了します
蔵王で生まれ育った岡崎さんは、小学3年生で地元のスポーツ少年団に入り、大学までスキーで世界を目指していました。幼少期を“野生児”と表現する岡崎さんはこう振り返ります。
「山ぶどうを摘んだり、沼でエビ釣りをしたり、冬は雪の上で凍った樹氷に乳酸飲料をかけて食べたり。木渡り遊びやミニスキー、一輪車でも遊んでいました。山の中や斜面の多い温泉街での遊びは、スキーのトレーニングみたいなものでしたね」
学びと出会いが築いた経営の礎
山形南高校から明治大学に進学した岡崎さん。大学1年時、全日本学生スキー選手権大会(インターカレッジ)が蔵王で開催され、自身も入賞、明治大学は全国優勝を果たしました。その後は経済学に専念し、就職先が決まっていましたが、先代が温泉組合長に就任したことを機に卒業と同時に帰郷、1991年に大平ホテルへ入社します。
「役職もなく、旅館業を何も知らないゼロからのスタートでした。父をはじめ昔からここを牽引する大人たちが、旅館のビジョンや蔵王に対する思いがとても強いことを肌で感じ、ほかの温泉地の旅館経営を知る必要があると思い、26歳で修業を決意。修業というより半分、家を飛び出したようなものでした。全国の求人を調べ、興味を持った磐梯熱海温泉の栄楽館グループに自ら応募しました」
面接では“自分は旅館の息子です”“今の状況はこうです”と正直に伝えたところ、社長の菅野 豊さんから「明日から来なさい」と即採用。グループが経営する「萩姫の湯栄楽館」「ホテル華の湯」「湯のやど楽山」、それぞれ規模感やコンセプトの異なる3館で、岡崎さんは経験を積みます。
「そこでも出会いがあって。栄楽館に入社したら“旅館の息子”が3人ほどいたんですよ(笑)。あなたも?あなたも?という具合に(笑)。いずれ実家に戻る旅館の息子たちを全国から受け入れている、懐の深さですよね。旅館業界全体を次世代につなごうという思いが、きっと菅野社長にあると思うんです。そんな出会いで拾っていただいた2年間の経験は、今でも私の基盤です」
特徴を生かし、「大平ホテル」から「善七乃湯」へ
七福神と名付けられた貸切風呂のひとつ「大黒天」。遠くに龍山を見ながらゆったりと温泉が楽しめます(写真提供:善七乃湯)
朝日連峰を眺めながら蔵王温泉街を一望することができる最高の露天風呂「恵比寿天」。特に朝焼けの雲海や夕日が沈むタイミングがおすすめなんだとか(写真提供:善七乃湯)
本館最上階の広々とした特別室「雲海」。大きな窓からは飯豊山・朝日連峰・蔵王温泉街が一望できます(写真提供:善七乃湯)
日本庭園を眺めることができる、落ち着きのある北館の一般専用和室(写真提供:善七乃湯)
善七乃湯のお料理といえば「十代辻屋鍋」。エメラルドグリーンが五色に変化する蔵王のシンボル“お釜”を5万分の1の大きさに再現した特製鍋。山肌ではバーベキュー、噴火口ではしゃぶしゃぶを。山形牛をはじめ地元食材を豊富に盛り込んでいます(写真提供:善七乃湯)
実は全国でもごくわずかだという100%源泉掛け流しの温泉宿、善七乃湯。7年前、大平ホテルから改称したのは温泉という強みをわかりやすくするためだったといいます。現在は蔵王の豊富な湯量や泉質を活かし、料理やホスピタリティを提供する一方、“ペット同伴専用の客室・レストラン・貸切風呂がある宿”として確立。その背景には、鬼怒川温泉の愛犬宿「きぬ川国際ホテル」の女将、阿久津京子さんから受けた助言がありました。
「社長学や経営を勉強しているとき、きぬ川国際ホテルの新聞記事を紹介してもらいました。そこは3つのドッグランを持つ愛犬・愛猫の宿として30年も前からそのスタイルなんです。犬柄の着物に、にっこりとご挨拶している女将の阿久津京子さんの姿が印象的な記事でした。私が幼少の頃、先々代が鉄砲撃ちだったこともあり狩猟犬を飼っていましたが、当時は“旅館には犬を連れて行ってはいけない”と言われ育ったので、愛犬の宿とは衝撃的でした。ここでまた“私はこういう者です”“いろいろ教えてくれませんか”と女将さんにメールをしたんです」
「そうやっていつもターニングポイントで先輩に助けてもらっています。女将さんから実際言われたのは“中途半端だと今までのお客さまも、ペットとの旅行が好きなお客さまも失うわよ”と。厳しい言葉だからこそ覚悟を決めることができました。スキーや樹氷だけに頼らない新たなスタイルを確立し、今ではグリーンシーズンは6割がペット同伴、ウィンターシーズンは7割が雪見のお客さま。どちらのお客さまも気を遣わずゆっくりおくつろぎいただきご満足いただけるよう、常にお客さまの声を真摯に受け止め、日々改善を繰り返しています」
犬専用の露天風呂「弁財天」を案内してくれる岡崎さんと看板犬のほたるちゃん
牧羊犬のバーニーズマウンテンドッグという犬種のほたるちゃん。とってもおりこうさんでファンサービスもしっかりできる子!皆さんもぜひほたるちゃんに会いにきてほしいです(館内のペット同伴専用レストランにて)
蔵王温泉と、善七乃湯のこれから
最近は「九州温泉道八十八湯めぐり」を制覇した岡崎さん。現在は蔵王温泉観光協会の会長を務めるかたわら、善七乃湯では社長業のほかにも、蔵王温泉の泉質や効能を宿泊客の皆さんに紹介する“温泉教室”を開催するなど精力的に活動を続けています
施設の改修やイベントなどさまざま計画の中、常にアップデートしている善七乃湯。66期を迎えた今、敷地内の片隅にペット霊園を設けました。
「ペット同伴の宿ということを謳う責任をずっと考えていました。リピーターのワンちゃんが飼い主さんに“こっちだよ!”と尻尾を振りながら前に泊まった部屋、レストランやお風呂の場所を覚えて館内を歩き回る様子を何度も目にしました。ペットというよりもう家族ですよね。雄大な自然に囲まれたこの場所を思い出に、また新しい家族と訪れてほしいですね」
しつけ教室の開催に加え、ペット用ビュッフェの導入をこの冬からスタート。旅館とペットをつなぐ新たな取り組みが続きます。
“本物”が息づく蔵王温泉を未来へ
独特の気候条件が生む冬の絶景として知られている蔵王の樹氷。近年はさまざまな影響で樹氷の元となるアオモリトドマツが枯れる例も増加。現在、保存や再生に向けた取り組みが進められています
「樹氷については、延命だけでなく次世代への資源として守るための思い切ったアクションが必要だと考えています。山の再生には百年単位の時間がかかりますが、今できることを先人の知恵と若い世代の行動力を活かして取り組んでいきたいです。また、ハイシーズン以外でも気軽に蔵王の四季を楽しめるようなマルシェやイベントを開催しています。足湯や日帰り温泉もあるので宿泊以外でも、市街地より気温が5度ほど涼しい蔵王に、地元の方がもっと遊びに来てほしいですね」
「今、アジアでは温泉と人工雪でのスキー場の開発を進めている国もあります。蔵王には他国が模倣したいと思う“本物”が揃っています。温泉と雪や樹氷など自然豊かなオンリーワンのリゾート地として、世界に発信するチャンスです。私もこれまで多くの温泉旅館の主人や女将さんに助けていただきました。そのご恩を今度は次世代に還元したいと思います。山形県は全国唯一、すべての市町村に温泉がある県。蔵王からその魅力をさらに発信していきたいです」
2024年9月、観光庁が「高付加価値旅行者の地方誘客」を目的に山形エリアをモデル観光地に追加しました。テーマは「雄大な自然と山岳信仰に由来する固有の精神文化」。蔵王も古くから信仰の山として注目されています。岡崎さんのように郷土愛を持った方を中心に、私たち山形県民も地域の誇りを広く伝えていきたいですね。
プロフィール
代表取締役 十三代目 岡崎善七 さん
1968年(昭和43年)山形市蔵王温泉生まれ。山形南高から明治大経済学部に進学。卒業後の1991年に帰郷し大平ホテル(現・善七乃湯)に入社。2018年には平昌冬季五輪でスノーボード日本代表監督を務めた。温泉ソムリエ、温泉ORP評価アドバイザー、温泉入浴指導員、日本酒ナビゲーター、ドローン免許の取得など資格も多数。趣味は温泉とバイク。