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2021.04.05笑う、聴く、観る、泊まる…。たくさんの可能性を秘めた50人限定のエンターテイメントホール
噺館(はなしごや)
古の山辺城「二の丸」跡地に完成した噺館。高台に建つ建物からは山辺の町並みや蔵王連峰が見渡せます(写真提供:噺館)
2020年11月、山辺町に落語を楽しめる小さな文化ホール「噺館」が誕生しました。館主は、立川志の輔、春風亭昇太など、数々の人気落語家を山辺町へ招き、地域に刺激を与えてきた元町役場職員の峰田順一さん。設立までの経緯と、噺館ならではの魅力について伺ってきました。
落語への情熱で、町に落語文化を根付かせる
峰田さんは、立川志の輔師匠も所属していた明治大学落語研究会の出身。しかし地元山辺町に就職してからは、なかなか生の落語を聴く機会がなかったといいます。町教育委員会の社会教育係として新規事業「Taiken堂」※を立ち上げることになった際、落語を講座のプログラムに入れることを提案。始めた当初こそ、町民の反応は薄かったそうですが、大学の先輩である立川志の輔師匠に出演を依頼するなど、注目を集めていくうちに「もっと聴いてみたい」という声がたくさん出るように。実力を兼ね備えた落語家が次々と登場、人気も定着してきたこともあり「Taiken堂」から独立し、1998年「山辺どんぶり亭」という名の落語会が発足しました。
※Taiken堂・・・1990年に発足した、町民主体の地域活動。毎月1回のペースで様々な分野・人にスポットをあてて、講義、対談、独演会、コンサートなどを企画している。
「山辺どんぶり亭」2021年の公演ラインナップ(左)。毎回、多くのお客さんが来場します(2014年3月撮影。写真提供:山辺どんぶり亭)
自分の理想とするホールを、自らつくることを決意
公民館の小さな和室から始まった山辺どんぶり亭。地域の落語愛好家を確実に増やし、今では山形市の大きなホールが毎回満席になるまでに成長しました。
しかし、規模が大きくなるにつれ会の運営に追われ、自らが落語を楽しんでいるのか、疑問を抱きます。
「スタートした時のような、こじんまりとした雰囲気の中で落語を楽しみたい。そんな空間をつくりたいと思うようになりました」
2017年に役場を定年退職した峰田さんは、家族や周囲を説得し、理想とするホールの設立に着手します。友人の薦めで県内のクラウドファンディング「山形サポート」にも挑戦。峰田さんの想いに賛同した方から次々と応援があり、目標金額を大きく上回る資金が集まりました。2020年9月、念願の落語施設「噺館」が完成。すっきりとしたモダンな建物は、落語のみならず、コンサートやイベントなどさまざま催しにもぴったりです。
50人収容のホール。モダンな空間に、土壁や木造りの天井など、和のテイストが程よくマッチしています(写真提供:噺館)
噺館のロゴは、三遊亭兼好師匠が噺家の「語る口」と観客の「笑う口」をイメージして作ってくれました(イラストも兼好師匠)。客席用の赤い座布団に映えるデザインです
出演者の息づかいまで感じられる贅沢な空間
「祝!“噺館”落成記念」と題した「志の輔らくご」は、山形市の東ソーアリーナを会場に開催しましたが、翌日噺館で予定していた「志の輔師匠によるこけら落とし公演」は、新型コロナウイルス感染の影響で断念。オープニングセレモニーでは、山形落語愛好協会の前代表・笑風亭間助さんが高座に上がりました。引き続きオープニングイベントとして、山形交響楽団チェロ奏者・久良木夏海さんとクラシックギター奏者・小関佳宏さんによる“チェロ・ギターコンサート”を開催したところ、「大好評をいただいた!」と峰田さん。久良木さんの演奏会はシリーズ化され、毎回キャンセル待ちがでるほどの人気に。お客さんからは「自分のためだけに演奏してくれている錯覚に陥った」という感想も寄せられました。「50人規模のホールって、あるようでないんです。落語でも、音楽でも、身近に感じ触れることができたら最高ですよね」
2階に宿泊スペースがあるのもこのホールの特徴。「演じた人に、演じた場所で泊まってもらいたい」という峰田さんの願いでつくられました。全国でも珍しい構想です。宿泊スペースは、一般の人も利用でき、宿泊施設のない山辺町に貢献しています。
久良木夏海コンサートシリーズ“なつくら”バッハ無伴奏チェロ組曲全曲への挑戦 第1回目の様子(写真提供:噺館)
2階にある1日1組だけの「ゲストハウス」。夜は夜景を見ながらゆったりとした時間を楽しむことができます
運営は峰田さん一人。しかし、大勢の仲間がサポート
問い合わせやチケットの申し込みは全て峰田さんの携帯電話です(取材中も何回か携帯電話が鳴り響きました)。たった一人の運営ですが、山辺どんぶり亭の仲間や友人、地域の人々が峰田さんを支えてくれています。久良木さんのコンサートも、落語会のスタッフという縁があり実現しました。映画上映会「眺めのいいコミュニティシアター」シリーズは、古くからの付き合いである、山形国際ドキュメンタリー映画祭事務局長の高橋卓也さんがプロデュースしてくれています。
「自分一人だけであれば、狭いジャンルだけれども、いろんな人がいてくれるので、幅広いジャンルの面白い企画ができるんです」
バッハの無伴奏チェロ組曲を全曲演奏する試み、活弁士による無声映画の上映など、他とはひと味違う「とんがった企画」を楽しめるのも噺館の魅力。4月29日には女優・和泉妃夏さんと小宮孝泰さん(コント赤信号)による「二人芝居と落語」(上映)の開催も待っています。
「眺めのいいコミュニティシアター」第2弾、伝説の津軽三味線奏者・初代高橋竹山のドキュメンタリー「津軽のカマリ」上映会の準備の様子(写真提供:噺館)
地域で生まれる芸術文化を広め、人と人がつながる空間に
山辺町の良さを発信できる場にしたい、という構想も持っている峰田さん。
「似顔絵が得意な人、編み物が得意な人など、いろんな特技を持った人がいるので、そういう地域の人にスポットを当てた企画もやっていきたいです。ワークショップやまち歩きなども開催し、交流が生まれ、広がる場になればいいですね」
イベントの開催がなかなか難しい環境での出発となった噺館ですが、峰田さんの芸術や文化を愛するひたむきな心が、周りの人を巻き込み、唯一無二のエンターテイメントホールとなっていくのでは、と期待を抱きました。そして、峰田さん念願の「立川志の輔師匠の落語」を噺館で聴ける日が早く訪れることも願って止みません。
「まだまだこれからです。あせってはだめだ、と自分に言い聞かせながら少しずつやっていこうと思っています」と峰田さん
全国で活躍するペーパークラフト作家、中村隆行さん(米沢市出身)が、噺館のために作ってくれた作品群。演者の方々の豊かな表情につい顔がほころびます