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2020.10.01庄内からスティーブ・ジョブズが生まれたら―地方創生のモデル企業
ヤマガタデザイン株式会社 代表取締役 山中大介さん
水田に浮かぶように建つホテル「スイデンテラス」と、全天候型子ども遊戯施設「キッズドーム・ソライ」を運営するヤマガタデザイン株式会社。代表の山中大介さんに山形庄内のこと、これからの社会のことなどのお話を伺いました。
“街づくりという言葉が好きじゃなかった”といっていた人が、街づくり会社を設立
「“街づくり”という言葉が胡散臭いなと思っていたので、“街づくりを仕事にしています”という人をあまり信用していませんでした」と意外な言葉から話しはじめた山中さん。「どんな会社でも何をやっても、“街づくり”と正当化して言えてしまうじゃないですか」。
山中さんは東京都出身。大学卒業後、大手不動産デベロッパーで都市開発を担当していました。その後、友人の父であり以前から親交のある慶應義塾大学先端生命科学研究所所長の冨田勝さんのすすめもあり、人工合成クモ糸の開発で世界の注目を集めているバイオベンチャー企業のスパイバーへ入社。それから山形県鶴岡市へ家族とIターンしたという経緯があります。
「デベロッパーとしてビルを建てるのも街づくり。そのコミュニティに必要がないものも、街づくりという言葉でくくってしまうと全てがきれいごとになってしまう感じがして、その言葉が好きじゃなかったんです。でも今僕たちがしていることはやっぱり街づくり。僕らは“地域資源から事業をデザインし、子どもたちが生きる未来に、自らも希望の持てる社会を実現する”というのをミッションとしています。今これだけ閉塞感がある状況で、庄内のような場所から事業をつくり、“その過程で・結果として”社会課題を解決したいと思うようになりました」。
「商業用地の開発が決して悪いというものではなく、僕自身がもっと社会的価値のあることに貢献したかったから。ダイナミックでエキサイティングな仕事をさせてもらっていたこともあり、当時を振り返ってみても、1ミリも居心地が悪いと思ったことはなかった」と山中さん
14ヘクタールという規模に躊躇せず、資本金10万円で起業
新たな産業を生み出そうと始まった鶴岡サイエンスパークの総面積は21.5ha(ヘクタール)あり、うち7.5 haが行政主導で開発はされていましたが14haがスパイバー入社当時は未着手の状態だったそう。「山形県は人口が減り続けていて、鶴岡市も消滅可能性都市といわれている中、残り14haの土地についても行政が税金を投入し続けることに賛否両論がありました。民間主導で開発できないか話し合いがもたれていたことや、先端生命科学研究所に集まる方々の子どもを預けられる施設がほしいというニーズも高まっていました」。その状況を見過ごすことができなかった山中さんはその土地開発に身を乗り出します。
「日本は先進国の中でも超課題先進国(環境問題や少子化、高齢化、地域の過疎化、エネルギー供給問題などといった、他の国がまだ直面していないレベルの問題をいくつも抱えている国)です。発展途上国がこれから先進国に追いつけ追い越せで経済活動をしていますが、先進国である日本が今、幸せかというとそうではない。このままでは行き着く先の地球が“100億人総不幸社会”になってしまうと思っています。僕自身、あのまま不動産業に身を置いていたらアジアやアフリカでおそらく商業施設の開発に携わっていたはず。でもショッピングセンターが課題解決にどこまで寄与できるかわからないしサステナブルではないなと思って。このどん詰まってしまった社会で、そうならないための新しい取り組みに僕も身を捧げたいと思いました。運や思い込みもありましたが、たぶんあの時は、なんとかしようという勢いだけだったかもしれません(笑)」。
14haといえば東京ドームの約3個分の広さに相当します。山中さんがこの広大な土地に躊躇しなかったのはおそらく、商業施設開発でこの規模の土地を今ままでも目の当たりにしてきたから。そうして資本金10万円をもとに、民間主導の児童施設とホテルの建設・運営が始動します。
「たまたまきっかけやご縁をいただいて今がある。“地方創生のモデル”のように言われているのは、世の中でその“役割”を僕が務めているという気持ちを常に持っています」と山中さんは謙虚に話します
遊びを通して考えるチカラを育む。ソライのテーマは“非認知能力”
もともと起業家になりなかったわけではなく、大介少年の夢はプロサッカー選手になることだったそう。
「昔からマネージャータイプというわけではなかったんです。組織をまとめようとか、俺についてこいというタイプではなく、“面白いから一緒にやろうよ”というのが僕のマネジメント。独立した己が存在してはじめてチームが成り立つと思うので、その哲学は持っています」。
「ベンチャー起業はマンモスに立ち向かう裸の少年みたいなところがあって。何も持っていないところからどうやってこれを狩るんだといったような、想定外のことがいっぱい起きます。ルールの無い中で時にはやりすごし時にはアクセルをぐっと踏みながら、不確実なことをコントロールしていなかければならないという、課題解決していくメンタリティが必要。ヤマガタデザインにはそういうスタッフが多いですし、その“非認知能力”というものを養うのがソライだと思っています」。
非認知能力とは、学力や偏差値、IQ(知能指数)など数値化して測れる認知能力以外の力・資質のこと。具体的には自分自身で目標設定をする力、目標に向かって最後までやり抜く力、ネガティブをポジティブに変える力、周りの人とうまくコミュニケーションする力などを指します。
「以前プールで、水に顔をつけられない我が子を叱って“絶対できるようになるから、パパと一緒にもぐろう!せーの”と言って、できるまで続けました。結局パパだけもぐるということの繰り返しでしたが、その先にあったのは彼女の達成感だったんですよ。“パパ、諦めずにもぐれって言ってくれてありがとう”って。自分を信じられるかどうか、自己肯定をできるという非認知能力は、生きていく上でとても重要なスキルです」。
山中さんはこうも続けます。「街づくりでいうと、最も大事なことは教育。わかりやすい例でいうと“山形庄内からスティーブ・ジョブズが生まれたなら、山形庄内の景色は変わる”。クパチーノになるわけです、ここは」。
クパチーノは、アップル、ヒューレット・パッカード、IBM、Facebookなど60社を超えるハイテク企業がオフィスを構え、シリコンバレーの心臓部といわれる都市。サイエンスパークを中心にそんな教育ができたら、この土地は変わると山中さんは確信しています。
「ご存知の通り日本という国は公的な教育指数は先進国の中で最低水準、これは対 GDP 比で最低、しかも3年連続です。とにかく少子高齢化が進み財源が硬直化していて、日本では教育費を各家庭で負担しています。いい学校を出て終身雇用が守られていた過去50年間の幸せの価値観や定義が崩れ、幸せを自分で再定義しなくてはいけない中で、生きる上でベースになる非認知能力というものを、養ってあげたいという思いからこのソライを運営しています」。
“教育”に人々の意識を向けるための「ソライでんき」
「教育の機会格差をなくし、“機会平等”を実現したいんです。今、日本の教育は各家庭に多分に依存していて、裕福に育った子はいい教育を受け、その結果いい学校に行き、それなりに稼ぐ。その教育格差によって起きているのが“貧困の連鎖”です。この原因の1つは親の経済格差で、もう1つが地域格差です」。
ソライでは、ここ庄内でもさまざまな学習の機会を持ってもらえるよう、国際宇宙ステーションの管制官をしていた方を招いたワークショップなど、ユニークなイベントを企画(現在はウイルス感染症予防対策をとりながらできることを発信しています)
「子どもは生まれる場所を選べないから、教育の機会平等をつくることが社会全体の責任だと思っています。僕たちにできることは、たくさんの子どもたちがソライでの利用機会を増やしてあげること。県内外から年間9万人ほどが訪れていますが、更に入場料を下げて利用しやすくしたいと思っています。地域に雇用を生み、しっかり納税もしている施設なのに、行政の力を借りて入場料を安くするのではなく、民間でやりきろうと思ってはじめたのが“ソライでんき”です」。
電気収益の一部を、ソライを通じて地域の教育活動に充てていくというソライでんき。民間で持続成長をする仕組みをつくるのが電気事業をはじめた目的だといいます
「電気事業は立上げから2か月で、見込みも含め100件近くのご契約をいただいています。ソライでんきの利用者は電気料金が安くなり、教育にも投資ができる。ソライは“教育”に人々の意識を向けるためのビジネスモデル”です。教育の機会平等の結果、国力や地域力を増すことにつながってくると僕は思います」。
ソライでんきの詳細はこちらをクリック
まずはソライを利用する子どもたちの団体料金を低減したいと考えているという山中さん。行政主導の無料の子育て支援施設とは一線を画し、教育的な要素を入れていくのがソライの在り方だといいます。施設運営とソライでんきにもう1つ、新たな軸も計画中とのこと。「大人たちの社会的な責任をビジネスモデルとして落とし込む仕組みを、これからもデザインしたいと思っています」。
1次産業と教育で街づくりのモデルをつくりたい
地方が豊かになるには1次産業を改善していかなければ達成できないと考えているヤマガタデザイン。「1次産業の根本的な問題は“イノベーションが起きづらい領域”です。そこへ自分たちができることを考えていきたい。農業だけでなく漁業、林業、エネルギー分野も含めてです」。
農業は生産だけでなく、新規就農者の獲得・育成や、有機農業に関わるハード開発にも力を注いでいます。
「僕たちは農業生産と人材育成、さらに農業用ロボットの開発を同時進行で進めている、日本でも有数の無謀な農業ベンチャーです。そのどれも課題を抱えているから相当無謀。農業用ロボットは数年以内の商品化を目指して開発を進めています」。
田んぼに浮かぶホテル、スイデンテラスでは有機農業に取り組む自社農場から直送した野菜が食べられます。また宿泊者には農業体験ができるプランもあるそう(要予約)
「日本の地方都市は毎年約1%ずつ人口が減っています。このままでは10年で10%、20年で20%減ります。生産年齢人口が減り高齢化率が高まっていくと、社会インフラを維持すること自体も非常に厳しい。最初にあおりをくらうのは地方都市です。地方都市というものは最もリスクを負って革新的でなければいけない。このままでは存在自体が危ぶまれます。それをみんな本当は理解しているのですが、コミュニティの難しさで動けないというのが、今のほぼすべての地方都市です。そこをブレイクスルーしないといけない。地方から日本にイノベーションを起こそうとしたときに必要なのは先行事例。山形庄内でひとつの成功モデルをつくることに今、僕たちは最大限の力を注ぎたいと思っています」。
プロフィール ヤマガタデザイン株式会社 代表取締役 山中大介さん
1985年東京都生まれ。三井不動産で大型商業施設の開発と運営に携わったのち、2014年に山形県鶴岡市に移住、ヤマガタデザイン株式会社を設立。鶴岡サイエンスパークの開発を担い、2018年スイデンテラス・キッズドームソライをオープン。2020年にはスイデンテラスのリニューアルや電気事業に参入し、2023年には農業用ロボットの商品化などを計画している。
勝負メシ 鼠ヶ関の塩辛
「一番好きなのは“ごはんのおとも系”です」と山中さん。青菜づけ、温海かぶ、寒鱈のタラコと並んで、地元の方がつくった無添加の塩辛がおすすめだそう。今では山形庄内の味覚にすっかり馴染んでいます。
道の駅あつみ「しゃりん」
山形県鶴岡市早田字戸ノ浦60
http://www.at-syarin.com/