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2021.08.27庄内から海を越えていけ 風土と情熱を湛えた酒づくり
株式会社金龍 代表取締役社長 佐々木雅晴さん
遊佐蒸溜所前で。「取材を受ける時は遊佐蒸溜所のロゴ入りユニフォームでお迎えします」と代表取締役社長佐々木雅晴さん ※撮影時はマスクを外していただいております
“山形の焼酎”と言えば四角い緑の瓶でお馴染みの「爽金龍new爽」。すっきりとした飲み口で、シーンを選ばず楽しむことができ、ついつい飲み過ぎてしまいます。
焼酎メーカーとして長年県民に愛されるお酒を造り続け、近年はウイスキー事業への参入など、新しいことにも挑み続ける株式会社金龍(以下金龍)。今回はお酒づくりに対する想いや、人を育てること、会社を育てることなどを代表取締役の佐々木雅晴さんにお話を伺ってきました。
食品メーカーの使命。それは“安全”があり“安心”があること
1950年(昭和25年)、蔵元に日本酒用の原料アルコールを提供する会社として発足した山形県醗酵工業株式会社。その後、1966年(昭和41年)に社名を株式会社金龍へと変更し、2020年には創業70周年を迎えました。
創業当時から大切にされていることを佐々木さんにお聞きしたところ、「一言で言うと、人様の口に入るものだから、安全・安心なものをつくるということです」。その信念を社員にも浸透させようと、毎朝佐々木さん自らが率先して徹底的に社内の掃除をするそう。「仕事上で多少の失敗は起こっても仕方ないですが、衛生面のことで手を抜いたら私の雷が落ちますよ」といいます。そんな徹底した品質管理のもと製造される「爽金龍」。スーパーなどの量販店や、酒屋で当たり前のように陳列されているため、てっきり全国展開されているものだと思っておりましたが、実は山形県と東北の一部でのみの販売だそう。「弊社の売上の主軸はやはり爽金龍。ありがたいことに長年県民の皆さまに愛され、地域に支えられてやってこれました。これからも地元である山形を大切にしたいという思いは変わりません」と、佐々木さんは謙虚さと郷土愛をのぞかせながら語ります。
山形県民にはすっかりお馴染みのこのボトル。衛生管理が行き届いた製造現場から、皆さんの手元に届きます(写真提供:株式会社金龍)
山形ならではの原料を使用した商品や、あのサイダーとのコラボなども続々と
“山形らしさ”にこだわりを持ち地域のお客様を大切にし続ける金龍。1978年(昭和53年)にアルカリ焼酎「爽」が誕生して以来、つや姫を原料とした米焼酎や、庄内地方の夏の名物“だだちゃ豆”を使用したスピリッツなど、様々な商品開発にも着手してきました。最近では、山形のご当地サイダー「パインサイダー」を製造する三和缶詰株式会社さんとのコラボ商品「大人のパインサイダー」や、炭酸水で割って自分好みに調節できる「レモンサワーの素」など、ユニークな商品も販売中です。
「大人のパインサイダー」。大人になった山形っ子の飲み物として大好評です。天気の良い日はゆっくり読書をしながら楽しんでみてはいかが
レモン果汁がたっぷり入った「レモンサワーの素」。香料・甘味料不使用のため、レモン本来の味わいを楽しめます。甘めが好きな人はガムシロップや蜂蜜を加えるのもおすすめ
遊佐町発で世界が憧れるジャパニーズウイスキーを
老舗の地位に甘んじることなく、現代人のライフスタイルに合わせた新商品を次々と販売するなど、挑戦し続ける金龍。2018年、誰もが驚く大胆なチャレンジを成し遂げます。それは、“県内初のウイスキー蒸留所をつくること”でした。
ウイスキー造りを任されたのは、なんと大学を卒業したばかりの齋藤美帆さん(2017年入社)と岡田汐音さん(2018年入社)の2人。思いきった決断をした理由を佐々木さんはこう話します。「採用をする時は、企業訪問、webテスト、内部テスト(筆記)、常務面接、社長面接と結構ハードルが高い入社テストをするんです。その中で残ったのが齋藤・岡田の2人。ことさら“女性2人”を選んだわけではなく、優秀な人を集めたら、たまたま女性2人だったんです。例え未経験者でも、高校や大学の学園祭の準備期間のようなノリで必死にやれば絶対いいものができると思いました。一人ひとりが目をキラキラさせて役割分担を自主的に一生懸命にやるあの勢いだろうなあと」。佐々木さんの期待通り、2人はスコットランドから来た技術者の指導を素直に受け入れ、本場の造り方をマスター。試行錯誤をも楽しみながら、エネルギッシュにウイスキー造りに打ち込んでいます。
蒸溜所の心臓部となるポットスチル(蒸留器)はウイスキー造りの本場スコットランドのメーカー・フォーサイス社製。設計と同時に女性2名が扱うことが決まったので、力仕事があまりないような設計にしたそう
「年代が近いのもありますが、未経験というところからお互い意見を言い合い、切磋琢磨しながら高め合っていける存在がいるのはとてもよい環境だと思います」とウイスキーの糖化・発酵工程兼広報担当の岡田さん
遊佐蒸溜所ウイスキーのコンセプト「TLAS」
「2021年2月にジャパニーズウイスキーの定義※が業界団体によって作成されましたが、私たちは最初から“本場に忠実なウイスキー造り” を目指しているので、スコットランドの一番厳しいレギュレーションでやろうと始動する時から決めておりました」と佐々木さん。
“本物をつくる”という意味合いから、コンセプトはTLAS(トラス)というものを掲げているそうです。「“T”はTiny。小さい、おチビちゃんのような愛情を込めた小さいという意味。“L”はLovely。建物の景観と周りの景観も含めて素敵なところだよの意味。“A”はAuthentic。本物の。小さくて可愛らしいけれども造り方は超本格的。非常に伝統に沿った造り方で微塵も省略しないという“A”なんですね。最後の“S”はSupreme。最高級のものをつくりますという意味です」。世界最高水準を目指す蒸留所として、ものづくりに対しこだわりを持ち、真摯に取り組んでいます。
※2021年2月、日本洋酒酒造組合はジャパニーズウイスキーを名乗るための主な要件として、1、原材料は麦芽を必ず使用。麦芽、穀類、日本国内で採取された水を使用すること。2、糖化、発酵、蒸留は国内の蒸留所で行い、蒸留の際の留出時アルコール分は95度未満とすること。3、原酒を700リットル以下の木樽に詰め、詰めた日の翌日から起算して日本国内で3年以上貯蔵すること。4、日本国内で瓶詰めすること。その際の充填時アルコール分は40度以上であること。を定めた。
「遊佐蒸溜所のウイスキーはフルーティーな青りんごの香りがすると言われます」と佐々木さん。豊かな鳥海山の伏流水と、新鮮で澄んだ空気に恵まれた好条件の遊佐町はまさにウイスキーの理想郷
「10年か20年後には世界中の人から“遊佐っていいウイスキーをつくる蒸留所だ”と認知されたいですね」と少年のような目で話してくださいました
バーボン樽をはじめ、シェリー樽などの中で眠るニューメイクスピリッツ(蒸留したてのウイスキー、ウイスキーの赤ちゃん)たち。所せましと積み重ねられた樽の中で出荷の時を待ちます。「ただ惰眠をむさぼっているわけではなく、一生懸命いい香りを作り出したり、まろやかになったりと樽の中で忙しく化学反応しているんですよ」と佐々木さん
実直な山形県人だからこそできる世界に通じるストイックなものづくりを
山形県のお酒は世界で高く評価されることが多いことから、その理由について佐々木さんの考えを聞いてみたところ「私の感覚なのですが、山形県人は米づくりにしろ何にしろ、目に見えないような細部にまで手を抜かず、忍耐力もあると思います。それは太古の昔、“厳しい冬場に手を抜けば越せなくなる”環境だったからこそ。昔の日本人の原風景が、山形には残っているのではないでしょうか」。
世界に通用するものづくりを発出し続ける山形県。ここ遊佐町から生まれたジャパニーズウイスキーが世界をあっと驚かせる日が訪れるのもそう遠くないはず。芳醇な香りがする貯蔵庫の中でそう確信した夏の日でした。
佐々木さんおすすめの爽金龍の楽しみ方
「爽金龍はとうもろこし由来の原料を非常に多く使っているため、とてもまろやかでピュアな味なので、どんな料理にでも合います。私の好きな飲み方はハイボール。ちょっとレモンを添えて炭酸水で割る。それだともう何にでも合いますね」。