life
2022.07.20バレリーナから指導者へ。美しくしなやかに人生を磨きつづける
ミガクバレエ 主宰 大場めぐ美さん
言葉を伴わない“究極の身体表現”と言われ、踊り、音楽、衣装、舞台美術が融合した総合芸術とも称されるバレエ。その魅力と、英国仕込みの技術を伝えようと、後進の育成に励む女性がいます。2021年7月に山形市上町にバレエスタジオ「ミガクバレエ」をオープンし、未就学児から大人まで幅広い世代の生徒さんを指導する、大場めぐ美さんを訪ねました。
人生を捧げたバレエとの出会い
「バレエの歴史を探ると、壮大なロマンを感じずにはいられません。形や数値で表しようのない芸術であり、観る人・聴く人やタイミング、季節など、さまざまな条件によって同じものでも印象がガラリと変わる。そんな “生もの”であるということが、バレエに関わる私にとっての自慢です」と、まるで少女のような笑顔で話す大場さん。
東京出身のお母様と、当時東京で働いていた山形出身のお父様のもと、2人姉妹の妹として生まれた彼女が、バレエと出会ったのはわずか4歳のときでした。
「両親からミュージカルに連れて行ってもらったときに、私はその真似事をしてずっと踊っていたそうなんです。 自身もバレエがやりたかったという母は“バレエなら音楽に親しみながら楽しくできるかも”と、父の仕事の都合で東京から山形へ引っ越すのを機に、私をバレエスタジオに通わせることに。そこから“バレエ漬け”の人生がはじまりました」
「習字やピアノなど他の習い事もやりましたがどれも長くは続かず、唯一続けられたのがバレエでした」
それからは「勉強そっちのけで、猛烈にバレエに打ち込む毎日を過ごした」と振り返る大場さん。高校卒業後は昭和音楽芸術学院(現 昭和音楽大学短期大学部)バレエ科に入学。メキメキと頭角を表し、卒業公演では見事に主役“プリンシパル”を務め上げます。その後、プロのダンサーを目指して2004年からイギリスのロンドンスタジオセンターへ留学。さらなる研鑽を積み、充実した日々を過ごします。学校の課外活動の一環で、イギリス国内の公演ツアーにも参加しました。
「古典バレエやコンテンポラリーの演目を携えてダンサーだけでバスに乗り、ロンドンをはじめ国内10数か所を巡演しました。その日踊り終えたら、支度をして次の場所へ。そんな生活を約一ヶ月間送りました」
「それまで経験してきたステージは、あくまで先生が用意してくれた成果発表のようなものでした。ですが公演ツアーでは、観客の皆さんに少なからずお金を頂いて、その日の公演を仕事としてきちんと遂行しなければならない。さらに皆が複数の役を覚え、いつでも誰かの代役をやれるようにと用意も周到に。プレッシャーもありましたが、とても楽しかった。一人のプロとしてステージに立っているのだと自覚した出来事であり、いまだに忘れられない思い出です」
「ダンサー仲間と、ステージはもちろん寝食を共にした一ヶ月間はとても濃密で、思い出深い青春の1ページ」と大場さん。公演ツアーや当時の仲間との思い出の写真は現在も大切な宝物
バレエオタクから美容オタクへ。華麗なる転身!
ずっとプロを目指してきた大場さんですが、留学後にはバレエの世界を離れるという選択をします。
「バレエ学校を卒業して終わりではなく、そこからはポジションを巡って仕事を獲りにいかなければならないんですね。今となってはもっと挑戦すればよかったとも思うのですが、バレエダンサーを仕事にすることが、当時は現実的に考えられなかった。帰国して、燃え尽きてしまったような感覚もありました」
それでも、バレエへの未練を完全に断ち切ることができず、培った技術を活かしてミュージカルのダンサー要員や演劇のアンサンブルキャストとして舞台に立った時期も。その後、お父様から常々言われていた「お前はバレエしかしてこなかったから世間知らずだ。もっといろんなことを能動的に学びなさい」という言葉がきっかけになり、違う世界を知ろうと一念発起。なんと、デパートの化粧品販売員として美容業界に飛び込みます。
「もともと物事を突き詰めたい性格なので、皮膚のメカニズムから肌やスタイル維持のための栄養学など、勉強すればするほどに楽しくて、どんどんのめり込んでいきました。化粧品販売員もバレリーナも、同性にとって憧れの対象であるべきだと思いますし、 “美をテーマにした仕事”という点では共通していますよね。当時は“売り場がステージ”という気持ちでやっていて、バレエで培った立ち振る舞いや所作なども大いに役立ちました」
ご家族との一枚。お父様はバレエを続けることも、その後の異業種での仕事のことも全面的に応援してくれたそうです。「私が化粧品販売員として働いているデパートに『買い物に来た』と、ふらりと現れた時もありましたよ(笑)」と大場さん(写真提供:大場めぐ美さん)
指導者として、もう一度バレエの世界へ
大場さんはその後、さらにビジネスマナー講師や覆面調査員なども経験。ですが、心のどこかにはバレエを辞めてしまったことへの後ろめたさが残っていたのだそう。ちょうどその頃、何かの折にお母様から “本当はバレエを続けて欲しかった”と打ち明けられたと言う大場さん。「バレエをやらせてくれた両親への感謝や恩を感じながらも、全身全霊でバレエをやり切ったという自負があるからこそ、簡単には戻れないという葛藤もありました」。
そうこうしているうちに、大場さんのもとへ都内でのバレエ講師の話が舞い込みます。面接に行ったところ、即採用に。バレエの神様に運命を導かれるかのように、今度は指導者として再びバレエの世界へ傾倒していきます。
「そこのスタジオの先生は、解剖学などに詳しく、体の動作を物理的に研究しているような方でした。多くのことを学ばせていただき、腕を一つ動かすにしても、これまでは感覚でしか伝えられなかったのですが、理屈で指導できるように。またもや我ながらのオタク気質を発揮し(笑)、そこからはバレエ指導を突き詰める日々がはじまりました」
そして、いよいよ自分のスタジオを持ちたいと考えていた矢先の2018年、お父様が他界してしまいます。大場さんはこれを機に山形へ戻ることを決意し、念願のバレエスタジオを2019年にオープン。美を学ぶ、そして技術と内面が磨かれた人材を育てたいという思いから「ミガクバレエ」と命名しました。
レッスンが始まると、インタビュー中の柔らかな雰囲気から一転、指導者の表情に。スタジオ内に心地良い緊張感が流れます。「どんなに小さな子でも支度から一人前にできるように、スタジオ内での親御さんのサポートは一切遠慮いただいています」※撮影時のみマスクを外していただいております
キビキビとした熱血指導の中に、時折交えるユーモアのバランスが絶妙…めぐ美先生、なんだか私クセになりそうです!(筆者個人の感想です)
「大げさかもしれないけれど、バレエ講師はきっと天職ですね。異業種での経験も、全てこのための伏線だったのかもしれないとすら思います」と大場さん。大切にしていることを尋ねると、こんな答えが返ってきました。
「生徒さんは弟子でもないし、ここに来てくださるのが当たり前ではないと思うんです。数ある中から選ばれているので、私が教えるのではなく、“教えさせていただいている”という気持ちは強く持っています。選ばれ続けるためにも、気をつけているのは丁寧な言葉遣いや所作、物事の捉え方などのコミュニケーション。安心してお子さんを預けていただけるよう努めています」
そしてこうも続けます。「自分で苦労して見つけ出したことって何でも永遠に残ると思うんです。だから安易に答えを言ったり、手取り足取りしたりではなく、生徒さんと併走して頑張りたいというのが私のモットー。その中で、出来なかったことが出来るようになったとか、違うことで落ち込んでいたけどバレエをやったら楽しくなったとか、どんなことでも変化が見えた時はとても嬉しいです」。コンクールで望んでいた結果が残せたとき、真っ先に抱きついてきてくれた生徒さんも居たのだとか。「一緒に泣いちゃいますよね」と大場さん。生徒の皆さんとの思い出を愛おしむように、話してくれました。
「バレエは美しくあるのが大前提なので、生徒さんの髪型や着こなし一つとっても美しくないものは美しくない、似合ってないものは変だとはっきり伝えます。私が言わないと他の誰も言ってくれないから」と大場さん。自身もイギリス留学時代、身だしなみからたたき直されたという経験に裏打ちされた、生徒を思えばこそのアドバイスです
バレエで山形を盛り上げ、 “芸術の地産地消”を実現したい
国内では毎週のように開催されるというバレエのコンクールですが、開催地は首都圏や他県がほとんど。出場するとなれば、その都度山形から遠征に出なければならないのが現状だと言います。ですが大場さんは、将来的には山形を「バレエをきっかけに人々が集う場所にしたい」と願います。
「いつか、踊り手や音楽、衣装に至るまで山形ゆかりのヒトやモノで舞台をつくって、公演することができたら、という夢があります。例えば音楽であれば山響(山形交響楽団)さん、衣装は地元のメーカーさんとコラボしたり、チケットは地域の商店街で販売したり。言うなれば“芸術の地産地消”を実現できたら素敵ですね」
「市や県を巻き込んで公演を実現できたら。その時は、やまぎん県民ホールをお客様でいっぱいにしたいです」。憧れの舞台に向けて、大場さんの夢は膨らみます(写真提供:やまぎん県民ホール)
2021年10月31日、山形市民会館でミガクバレエ初となる発表会「the 1st Performance」を開催。来場者数は900名を超え大盛況で終了しました(写真提供:ミガクバレエ)
「みんなで一つの舞台をつくり上げた感動は得難いもので、生徒さん一人ひとりの自信につながりました。発表会は今後も2年に1度のペースで開催していく予定です」(写真提供:ミガクバレエ)
技術と心を磨き、人生を磨きつづける
「振り返ると、過去の経験がすべて今につながっている」と大場さんは口にします。偶然のニュアンスにも聞こえる言葉ですが、自らの力で“今につなげてきた”のだと、筆者は思います。それはきっと大場さんがその時々の選択に覚悟を持って向き合い、全力で楽しんできたからこそ。そして積み重ねた経験を確実に成長へと昇華させ、偶然を“必然”へと導いてきたからではないでしょうか。
一人ひとりに異なる輝きを秘めた、私たちの人生。いかにして美しく、豊かなものに磨き上げていくのかー。そのヒントを、大場さんの考え方や生き方に垣間見た気がしました。
プロフィール
1984年、東京都生まれ。4歳からバレエを始める。東北支部バレエコンクール第2位・NBAバレエコンクール奨励賞&飯島篤賞など多数のコンクールで上位入賞。2002年より昭和音楽芸術学院バレエ科に入学し、卒業公演では主役を務める。2004年よりロンドンスタジオセンター(英国)に留学。帰国後は異業種での勤務や都内でのバレエ指導を経て、2019年秋に山形へ活動拠点を移す。2021年7月に山形市上町に専用スタジオ「ミガクバレエ」をオープンし、主宰として活躍中。