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2020.10.01それぞれの晴耕雨読。新しい生活様式下のステイケーションの楽しみ方
ショウナイホテル スイデンテラス 総支配人 今野 優さん
写真提供:SHONAI HOTEL SUIDEN TERASSE
2020年8月にコンセプトを新たにリニューアルオープンしたショウナイホテル スイデンテラス。9月にはオープンから3周年を迎え、変化を続けるスイデンテラスの“いま”と“これから”について、総支配人である今野 優さんにお聞きしました。
コンセプトと、5つのキーワード
新たなコンセプトは“晴耕雨読の時を過ごす、田んぼに浮かぶホテル”。当初、リニューアルは冬季に計画していましたが、コロナ禍の影響もあり前倒しすることになったといいます。“晴耕雨読”―世間のわずらわしさを離れて、田園で心穏やかに暮らすこと。晴れた日には田畑を耕し、雨の日にはこもって読書する意(「三省堂 新明解四字熟語辞典」より)―は、コロナ以前から練っていたものだったそうです。
スイデンテラス総支配人の今野 優さん
「山形庄内の魅力は自然や文化、そしてこのスローライフな雰囲気だと思うんです。ゲストにここで悠々自適な時間を過ごしてほしいという思いからこのコンセプトが生まれました。より満足いただけるような滞在空間をつくると同時に、山形庄内の魅力を感じていただくための5つのキーワードを考えました」と今野さんは話します。
「その1つ目が“空間”です。坂 茂(ばん しげる)さんが設計した、ホテルが田んぼに浮かぶ牧歌的な風景と空間をまずは大切にしたいと思っています。2つ目は“食”。スイデンテラスを運営するヤマガタデザインリゾートはホテル業と農業の両方を事業として展開しているため、新鮮な旬の地元野菜のおいしさをそのまま提供できます。3つ目が晴耕雨読に欠かせない“本”ですね。ブックディレクターの幅 允孝(はば よしたか)さんと一緒にこだわりのライブラリをつくりました。4つ目が“食”とも連動する“農”です。ゲストが自社農園で、実際に土に触れて収穫を体験できるプログラムもスタートしました。そして5つ目に地域。庄内エリアは海・山・川・平野、全てのフィールドにおいてアクティビティを楽しめる魅力的な場所です。ほかにも文化的な資源や観光商材も含めて庄内は見どころがたくさん。この5つの要素も含めて、ゲストにそれぞれの晴耕雨読の時間を過ごしていただければと思い、環境の整備を行いました」。
農業体験とライブラリ新設が、晴耕雨読のポイント
“Farm to Table”=“山形庄内の旬の食材を新鮮な状態でお客さまのもとへ”がスイデンテラスのレストランのテーマ。採れたての新鮮な野菜をすぐに収穫できるのは、自社栽培のメリット。生産者が見える食材というものは、安全で身体にやさしいというばかりでなく、運搬に必要な包装やエネルギーも最小限にできるという意味では、環境にもやさしいエシカルな取り組みです。
「コンセプトにある晴耕雨読の“畑を耕す”とは、ここでは農業体験ができること。ビニールハウス近くにあるサテライトレストランで、シェフが用意した朝食とともに、ゲスト自身が収穫したミニトマトやベビーリーフをサラダとしてお召し上がりいただくといった内容です。県内外問わず、ファミリー需要が多いこのプログラムは、これからもっと充実させていきたいですね」と今野さん。ホテルに併設するキッズドームソライを目的に宿泊するご家族にも好評のようです。
朝食(写真上)とディナー(写真下)は現在のニーズに合わせ、お部屋でも食べられる洋食のお重スタイルで庄内の旬の味覚を味わえます
有機農業に取り組む自社農場から直送した野菜などを使ったのランチは、宿泊者以外でもダイニングレストランで気軽に食べられます
今回のリニューアルでは個室レストラン空間のFARMER’S DINING IRODORI も新設。密にならないよう利用シーンに合わせて食事を楽しめる工夫もされています
そして晴耕雨読の“読書”としては、今回のリニューアルで約1,000冊を蔵書するライブラリを新設し、共用棟にもともとあるライブラリも含め2つのライブラリの蔵書は合計で約2,000冊に。ブックディレクターである幅さんのイメージに沿って、ホテルスタッフの推薦書も置かれているそう。今野さんにもおすすめの本を伺いました。
「僕のおすすめは『ポートレイト・イン・ジャズ』という本。和田誠さんが描くミュージシャンの肖像に、村上春樹さんがエッセイを添えたジャズ名鑑です」。
『ポートレイト・イン・ジャズ』はバーラウンジにある“お酒に合う音楽と本”というコーナーに置いてあります
他にも“不確かな時代を生きるための本”“Farm to Table”“整える”など、スイデンテラスならではのテーマに沿ったさまざまな本が並ぶライブラリ
ライブラリには7つのコーナーがあり、ソファに腰掛けながらゆっくりと本が読めます
「ほかにも構造主義の祖といわれるフランスの社会人類学者クロード・レヴィ=ストロースの『野生の思考』もおすすめです。非常に難しい本なのですが、山形庄内、とくに出羽三山は山伏など山岳信仰が息づく土地なので、文化人類学とは深い関わりがあるといえます。他には、タナカカツキさんの『サ道』。著者がハマったサウナについて、自身の作法などをエッセイとマンガで描いた本で、温泉やお風呂好きにはとても興味深い内容ですよ」。
源泉かけ流しの天然温泉には、要望の多かった女性用露天風呂も登場。とても開放的なつくりとなっています
今回のリニューアルではライブラリのほかに、山形のお酒を気軽に味わってほしいという思いからバー(SAKE BAR)とラウンジ(SAKE LOUNGE)を併設。バーでは地ビールの米沢ジャックスブルワリーなどを味わうことができ、ラウンジでは地元の日本酒とワインも楽しめます。気に入ったお酒はホテル内にあるショップで、山形のお土産として購入できるものもあるそうです。
「ワインなら無濾過の製法で知られる南陽市の酒井ワイナリーさんの鳥上坂マスカットベリーA・ブラッククィーン。日本酒なら大正時代につくられた幻の酒米といわれる“酒の華”を使用した鶴岡市大山・渡會本店さんの和田来。こちらもおすすめです」と今野さん。ラインナップは定期的に変更するそうなので、訪れる度に別のお酒と出会えるかもしれません
SUIDEN BEER(写真右・中)は東北芸術工科大学学長の中山ダイスケさんの会社daiconさんとつくったオリジナルラベルで、ここでしか手に入らない月山ビール。米沢ジャックスブルワリー(写真左)は、新設のバーラウンジで生ビールを味わえます
ホテル総支配人として、そしてもう一つの顔として庄内に寄せる思い
今野さんは鶴岡市(旧温海町)出身のUターン組。しかし進学と同時に東京へ出た当時は戻ってくることを考えていなかったそうです。
「田舎だし何もないと思っていたので、昔は庄内が好きではありませんでした。働くなら何でもある東京がいいと。僕が東京にいる間に両親が宮城県に移り住んだということもあって、山形と疎遠になっていました。でも東京は1を100にすることはできても、ゼロから1にするのが難しい。新しいことにチャレンジするなら地方がいいと思っていたとき、ちょうど妻が庄内の本を図書館で見つけ、“ここってあなたの生まれたところなんでしょう”と。庄内に興味を持ちUターンし、そこで出会ったのがヤマガタデザインです。ゼロから1をつくる企業は、傍から見るととても馬鹿げているかもしれない。でも僕にとっては非常に面白く、可能性があるように見えたんです。幼い頃に思っていた庄内とは、別の景色として僕の目には映りました」。
今では誰よりも庄内の魅力を感じ、この地の美しさを発信する今野さんに、庄内のおすすめの観光スポットも伺ってみました。
「個人的には出羽三山ですね。実は僕、山伏なんですよ」。
今野さんが山伏になったきっかけの坂本大三郎さんの著書『山伏と僕』は共用棟のライブラリに並んでいるそうです
「大聖坊の羽黒山伏・星野文紘さんと以前から交流があったのですが、ある日大聖坊へ伺う機会があり、山伏の坂本大三郎さんと初めてお会いする機会がありました。僕はここに住んでいて何も知らないのに、大三郎さんはいろんなことを勉強して面白いことを発信していたんです。大聖坊を通じて山伏に興味を持った方は、そこで山伏体験をする方が多いのですが、僕は体験ではなく、秋の峰入という本格的な修行に何年も通うほど魅了されました。同じように、元空手の日本チャンピオンや大学の教授、世界的に有名な大企業の経営者だった方など、その期間は世界中から毎年ここに100人以上の個性ある人たちが集まってきます。そのことは地元ではあまり知られていないんです。観光地としてだけでなく、歴史やそこにまつわる人々との出会いも含めて、大切な場所です」。
これからのホテル業のこと、スイデンテラスのこと
その地域の価値は、地元の人よりも外側にいる人の方が感じやすい。これはまさに観光と一緒だと指摘する今野さん。コロナ禍という状況下においても冷静に俯瞰しています。
「読みきれないところはもちろんありますが、ここ数年間は観光バブルだったと思います。それがコロナによってスパッと終わりました。でもこれは本来あるべき姿なのかもしれません。これからはただなんとなく旅行に行くというものではなく“ここに行きたいと思わせる明確なもの”がない限り生き残れません。山形庄内にしてもスイデンテラスにしても、そういう意味ではとても魅力のあるところです。結果を常に上向きにしていくためには努力をし続けなければいけないので、物事の点ではなく線や面、奥行きを見ながら次のことをやっていきたいと思っています。それが僕自身、ここでやりたいことでもあります」。
「僕もそうでしたが、山形という地域に自信が持てない人が多いと思うんです。スイデンテラスがあってよかったとか、スイデンテラスがあるから山形に来てほしいとか、みなさんの誇りになれるような存在に少しでもなりたいと考えています」。
山形県に住む私たちにとっても、マイクロツーリズムといった地元での観光にも注目するようになった昨今。ステイケーション、ワーケーション、ブレジャーなど、新しい観光の在り方の言葉も生まれています。
水田に囲まれて読書やお酒を楽しんだり、家族がソライに遊びにいっている間ちょっとパソコンを開いてみたりと、私たちもここで自分なりの晴耕雨読を見つけて過ごすこともたまにはいいのではないでしょうか。
“ゲストにより喜んでいただけるように”と変化し続けるスイデンテラス。近々プチリニューアルを控えているそう。これからもますます目が離せません。