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2021.06.24デンマークから米沢へー里山暮らしとキャリアのイノベーション
里山ソムリエ 黒田三佳さん
山形会議の取材スタッフに豆から挽いた、淹れたての珈琲をふるまってくれた三佳さん(撮影時はマスクを外していただいております)
東京都出身の黒田三佳さんは数年前に一家でデンマークから米沢に移住しました。現在は「人材育成アカデミーローズレーン」の代表を務めながら、「里山ソムリエ」として自宅裏にある1,100坪の森でさまざまな活動をしています。彼女がどのような思いから山形に移住し、どんな生活をしているのか―若葉が青く萌える季節にご自宅を訪ね、その“ヒュッゲ”な生活を覗いてきました。
旅するような暮らしから、その先にあった山形での“里山ヒュッゲ”
三佳さんの「DARAKE農園」入口すぐの開放的なアトリエ。足を踏み入れた瞬間、ワクワクが止まりません。右手には庭が広がり、森につながっています。左手建物内は教室やテーブルがあり、ゲストがふらっと立ち寄れるスペースに
移住のきっかけはご結婚後まもなく、旦那さまと山形に訪れたことだという三佳さん。「山形で過ごした数日間の“ヒュッゲ”(【HYGGE】:デンマーク語で居心地の良い時間や空間を表す言葉)がとても印象的だったんです。自然豊かで、食べものはおいしくて、時間の流れが心地良く、出会った人たちも温かくて。将来、こんな場所で子育てができたらと、二人で話していました。長女が誕生してからも、北欧のデンマークに居ながら、東北の山形の風景を思い出し、やっぱり山形で、という思いは強くなり、知人も友人もいない山形に移り住むことを決意。きっかけは本当にたった一度の旅だったんです」。
デンマークの森での一枚。山形への移住に関しては「ときめきが大きすぎて不安はなかった」と三佳さん(画像提供:黒田三佳さん)
みなさんはデンマークにどんなイメージがあるでしょうか? 世界一幸福な国、アンデルセン、LEGOブロック、社会福祉国家、再生可能エネルギー先進国など―。また、古くからの伝統を受け継ぐ君主国家、シンプルなデザインが好み、強い個より集団を重んじるところや宗教観などは、他のヨーロッパ諸国に比べてデンマークは日本に近いものがあるとも言われます。特に“ヒュッゲ”の価値観 と、(日本の、都心ではなく)山形のゆっくりとした空気感が、三佳さんのイメージに合ったのかもしれませんね。
里山暮らしのはじまり
里山の原っぱでヨガの後、ピクニックをする様子(画像提供:黒田三佳さん)
「まずは、里山の88坪ほどの土地に小さなログハウスを建てました。山の見えるところで丸太小屋に暮らすということは、子どもの頃の夢だったんです。家の外でピクニックをしたり、子どもと遊ぶ私たち家族を、周りの方はとても気にかけてくださって、いろんなことを教えてくれました。あとから知ったのですが、そこは上杉景勝公や直江兼続公とともに越後から来た武士たちが城下に収まりきれず、郊外で半士半農の暮らしをしていた由緒ある場所だったんですよ」。
「やがて、娘がヤギを飼いたいというと、ヤギがご近所さんから届いたんです。飼育の仕方まで教えてくれました。あるときは外国籍の友人と英語で会話をしていたら“孫に英語を教えて!”と言ってくださるおじいちゃんがいたり。月謝も設定してくれて、あっという間に20人の子どもたちが集まりました。今では50人ほどのお子さんが、米沢市内外からもやってきてくれています。電車を乗り継いで通ってくれている小学生の子もいるんですよ。そこまでしてこの里山で英語を学びたいと思ってもらえるなんてうれしいですよね」。
「かつて武士たちが半士半農の暮らしをしたこの土地で、私たち家族がヤギを飼い、牧歌的な暮らしをするなんて不思議ですね」と三佳さんは言います(画像提供:黒田三佳さん)
私たち山形県民にとってもこんな心地よい場所は、そうありません。人々がここに集まってくるのも納得です(左上・右上・右下 画像提供:黒田三佳さん)
取材のこの日、三佳さんが普段から懇意にしている、たかはた食文化研究会顧問・島津憲一先生の姿が。きのこや食中毒の専門家から、自分の森に自生する植物のことを教えてもらうなんて贅沢ですよね
「みんなと日々“ありがとう”や楽しい話を交換できる里山の暮らし。そしてわからないことがあれば“こんなことで困っているの”と話せてしまう、地域のお付き合いに感謝しています」と三佳さん。素直にご近所さんに相談し、いつも笑顔で暮らしている三佳さんやご家族の姿を見て、多くの人が集まってくるのは必然のように思います。その土地に暮らす人々や歴史へ、心からの感謝や敬意を表しながら暮らしているから―。
キャリア×里山での暮らし
大学を卒業してからのファーストキャリアは、国際線の客室乗務員だった三佳さん。当時の先輩や同僚たちが、コロナ前は全国から米沢の里山に遊びに来てくれていたそう(画像提供:黒田三佳さん)
三佳さんはキャリアについてこのように話します。
「今までの仕事の経験が、いろいろなカタチで山形、里山の暮らしの中で生かされています。コミュニケーション、国際交流、おもてなしが好きなところ。そしていつでもどこでも寝られるスキル、力持ち、そして常にリスクマネジメントを考え行動すること―。お客さまの命を預かる機内での作業を考えたら、除雪機を動かしたり、重いものを運んだりはお手のもの(笑)。氷点下のアラスカや炎天下のクェートでも過ごしていたので、暑さ寒さにも強いですよ」。
客室乗務員さんのお仕事と三佳さんは、私たちのイメージするものよりはるかにたくましいようです。
「里山の霧雨の朝には、イギリスのステーションクルーとしてロンドンで暮らしていた当時を思い出し、ナーバスにならず、まずは庭の採れたてのハーブティーを飲んで深呼吸をします」と、とにかく前向き。自分自身でコントロールができない天気に、気分を振り回されるなんてナンセンスなのだと、三佳さんとお話をしていると気づきます。そして三佳さんの行動は「こうあるべき」はあまりなく、「ま、いっか!」にあふれています。
三佳さんはよく“冗長性(じょうちょうせい): 【redundancy】 リダンダンシー”という言葉も口にします。余裕や予備を意味するこの言葉は、私たちの生活を振り返るのにとても重要で柔軟なワード
「朝起きた時、窓から見える風景は、一日として同じものはなく、変化を受け入れ楽しむことができます。同じ季節でもその年により全て違うんです。自然のつくる音、雪のふる日の静寂、鳥のさえずり、風や川の流れや音―忘れられた森に足を踏み入れると、そこには、かつて人々が暮らしの中で活用していた植物や樹木に溢れています。それを一つずつ紐解いて今の暮らしに取り入れていくことも大きな楽しみ。上杉鷹山公の時代、飢饉から人々を救うためにまとめた、“かてもの”(食べられる植物)にある植物が今も森に生息しています。自然と共生する日々の中で、自然への感謝や時間の大切さを感じます」。
「屋敷森と屋敷畑を守り、コミュニティを大切に生きる―今でいうSDGsの暮らし方が、江戸時代から当たり前に続いているのがこの里山です」と三佳さん。(ちなみにこのお気に入りの帽子は、いちばん近くにあるドラッグストアで購入したもの。里山の景色だけでなく、そんな飾らない彼女の人柄にも魅了されます)
「採れたての野菜を庭でいただいたり、花をシロップにしたり、木の実を保存食にしたり、クリスマスのリースは森の素材で手づくりしたり。エシカルなライフスタイルをSNSでも発信しています(画像:黒田三佳さんInstagramより)
中国の景徳鎮、日本の伊万里焼、イギリスのバーレイのような世界中の青白食器を組み合わせ、おもてなしをするのが三佳さん流。いただきものだという器に森から採ってきた木を飾り、配膳の所作を取材クルーにも教えてくれました。こんな素敵なマナー研修は、なかなか体験できませんよね
“里山の暮らし”が今、再評価されているという三佳さん。人と人との距離が都会と違ってとても近く、いろんな方との出会いが自然と生まれる里山。ここでの彼女の仕事のはじまりも、「学校でちょっと話をしてほしい」からスタートしたといいます。すると次々とさまざまな企業の社長さんから社内向けに教育をしてほしいと言われ、人材育成の仕事をするようになったそう。今では講演や研修の仕事は全国に広がり、大学や高校、専門学校で非常勤講師をするまでに。米沢の里山では客室乗務員としての仕事はありません。でも彼女は今までのキャリアに、里山の生活からヒントを得て、キャリアをイノベーションした結果、コミュニティに必要とされるようになったのです。
2019年山形大学にて講義を行う三佳さん。現在はオンラインでの活動も増えたそう(画像提供:黒田三佳さん)
山形、里山での暮らしは、持続可能な社会の最先端
新しいビジネスモデルを考え実行しながら、修正していく―そんな勇気やひらめきは、地元に暮らす農業や林業、ものづくりなどさまざまな職業の方々とこの里山での出会いが大きいといいます(画像提供:黒田三佳さん)
里山の暮らしが“持続可能な社会の最先端”と考える三佳さん。では、SDGsの目標達成には里山で何ができるのでしょうか。
「それは“人を育てること”です。50年後、100年後のことを考え、今どうしたら良いか、どういう選択をしたら良いかを判断できる人財が必要。“みんながそうしているから”ではなく、“自分がどうするべきか”をきちんと考えて行動できる人財がSDGsを達成するためのキーパーソンになります。
家の裏山の1,000坪以上の森を開拓し、人々が散策できるコースをつくり「森のようちえん」という時間と空間を提供していることをライフワークとしているといいます(画像提供:黒田三佳さん)
「人財育成は、小さな子どもたちからはじまっています。この森にやってきて、芽を出したどんぐりを持って帰り、家で育てている子がいます。キャンプで使う着火剤の代わりに杉の枯れ枝が有効だということも学べます。枯れ木に集まる小さな虫や、木々の香、鳥のさえずり、毒のある草、薬効のある花に出会い、何かに気づく子どもたちも。森の探検では、きちんと装備をしないと冒険が危険になることも学びます。五感を使い、感性を豊かにすることこそ、人が幸せになる仕事をする人財育成のはじまり。 カーボンニュートラル、生物多様性、資源の循環、リスクマネジメントなど実際に体験し学べることがたくさんあります」。
「そのために、あらゆる組織の中でリーダーとして役割を果たしてくれる人を育てたいです。企業だけでなく、地域での町内会長、子ども会の会長、里山の森づくりのリーダーなど。誰もがリーダーになる資質を持っていることが地域の“気持ちの良い”発展に欠かせないことだと思っています。ローカルな現場でグローバルに物事を考えるための、教養(他者をリスペクトできること)、表現(相手への敬意や感謝を表し伝えること)、専門(それぞれの専門分野)、倫理(自分の行動が社会や他者へどれだけ影響を与えているかを理解していること)、そんなことを具体的にどうしたら良いか伝える場所としても、この里山が役割を果たせたらうれしいです。人財育成のきっかけは、私自身が、山形に暮らし自然やそこに生きる人に出会い感じ、学ばせていただいたことです。山形に出会えたことを本当に感謝しています」。
置賜在住のイラストレーター・菊地純さんによる里山の水彩画。このイラストが今後どのようになっていくかの変化も楽しみです
里山での暮らしは、都会と違って不便なことが不幸ではなく、“何もなかったらつくってみよう”“わからなかったら誰かに聞こう”などアイデアやコミュニケーションが生まれます。物々交換の多いここでの暮らしは“究極のキャッシュレス”ともいう三佳さん。確かにここは、時代の最先端かもしれません。
コロナ禍においてさまざまな価値観が変化しています。いま一度、自分の生活や環境を“ヒュッゲ”にするヒントが、三佳さんの暮らしとこの里山にはたくさんありました。
プロフィール
里山ソムリエ 黒田三佳さん
人材育成アカデミーローズレーン代表。東京都出身。国際線客室乗務員として活躍後、デンマークで暮らす。その後、米沢へ家族で移住し、里山に暮らす。修士(工学)ものづくり技術経営学取得、現在は里山ソムリエや人材育成のほか、山形大学学術研究員非常勤講師、山形県立米沢工業高校専攻科非常勤講師、米沢市国際交流協会 会長、山形県教育庁 家庭教育アドバイザーなどを兼務。FM83.4 STEPS「里山ソムリエな日々」を放送中。