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2023.04.20

芸術だけで終わらせない。山形を刺激する情熱の絵師

画家 小林舞香さん


蔵王温泉にあるリゾート型カフェ「UNITE CAFE」の一角にある小林さんのアトリエ。「コワーキングスペースのアート版のような場所です」と小林さん。さまざまなアーティストが自由に創作できる場にもなっています。

蔵王温泉にあるリゾート型カフェ「UNITE CAFE」の一角にある小林さんのアトリエ。「コワーキングスペースのアート版のような場所です」と小林さん。さまざまなアーティストが自由に創作できる場にもなっています。

山形市七日町のシネマ通りにある、幅8メートルの大シャッターに描かれた壁画。映画のスクリーンや客席と共に、花笠や紅花などが色鮮やかに描かれた印象深い作品です。テレビや新聞などでも話題になったこの壁画を制作したのが、東京都出身の画家、小林舞香さん。 蔵王温泉を主な拠点とし、印象的な作品とともに独自のスタイルで創作活動を発信し、話題を呼んでいます。山形に定住した経緯や作品との向き合い方、今後の目標などについてお話しを伺いました。

2020年10月に完成した、山形市旭銀座商店街シネマ通りにある「尚美堂」のシャッター壁画。作業は閉店から翌日の開店時間までという制限の中、アシスタントとともに8日間80時間で作り上げました(写真提供:小林舞香さん)

2020年10月に完成した、山形市旭銀座商店街シネマ通りにある「尚美堂」のシャッター壁画。作業は閉店から翌日の開店時間までという制限の中、アシスタントとともに8日間80時間で作り上げました(写真提供:小林舞香さん)

20歳で一念発起、あきらめていた画家の道へ

小さい頃から絵を描くのが大好きだった小林さん。宝物だった100色入りの色鉛筆を使いこなす、絵の上手な少女でした。しかし、画家だった祖父が苦労していたこともあり、両親からは「絵を続けるなら趣味として」と言われていたそうです。画家になることは考えず、大学では心理学を専攻、「本を出す時に挿絵を自分で描けたら」と思っている程度でしたが、成人式で絵のライバルだった友人と再会。彼女の個展のチラシを受け取り、衝撃が走ります。「人生は一度きりしかないのに、何をこんなにグズグズしているんだろう」。両親を説得し、すぐに大学を中退、デザインの専門学校に入り直します。空白の時間を埋めるかのように、絵に没頭する小林さん。この頃に出会ったアクリル絵の具の魅力に引き込まれ、さまざまな作品を描くようになっていきました。
「自分の絵を世界中の人に知ってもらいたくて。当時流行っていたSNS(mixi)で発信していったんです」

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小林さんの代表作『Iris』(原題)。日本のロックバンドBIGMAMAの『虹を食べたアイリス』のために制作され、mixiのアート系コミュニティのトップ画も飾りました(写真左提供:小林舞香さん)。この絵は今でもアトリエの、彼女の一番近くに飾られています(写真右)

小林さんの代表作『Iris』(原題)。日本のロックバンドBIGMAMAの『虹を食べたアイリス』のために制作され、mixiのアート系コミュニティのトップ画も飾りました(写真1枚目提供:小林舞香さん)。この絵は今でもアトリエの、彼女の一番近くに飾られています(2枚目)

自分をプロデュースする大切さを実感

「私の絵を好きな人もいれば、苦手な人もいる。全世界から私の絵を好きな人を一人でも多く見つけたい。」そんな思いを抱き、mixiでの発信を続ける中、日本のミュージシャンからジャケットデザインのオファーが。「発信し続ければ、誰かの目にとまり、繋がってチャンスが訪れる」と確信。まずはハクをつけようと、ニューヨークで個展を開くことに。ネットでギャラリーを見つけ、2010年に渡米しますが、結果は・・・。
「何の実績もない日本人の女性が個展を開いたところで、お客さんなんてそうそう集まりません」
ロンドンやアムステルダム、パリなどでも個展をひらくチャンスをつかみますが、結果はどこも同じ。集客の難しさを実感します。
「芸術系の大学を出ていない、というコンプレックスもありました。自己プロデュースをしなくては生きていけない道と思い知らされましたね」
いろんな角度からのアプローチが必要と、2018年パフォーマンス団体『紺夜(KOOYA)』を結成。花魁をテーマにしたショーが人気となり、フランスやイギリスなど世界各地を回るように。タイで開催された「JAPAN EXPO Thailand 2020」にも出演、ショーを見に来ていた山形県タイ友好協会の方と名刺を交換します。この出会いが、尚美堂のシャッター壁画へとつながっていきます。

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総合プロデューサーとなり、自身の世界観を開放する総合芸術プロジェクトとして立ち上げたパフォーマンス団体『紺夜(KOOYA)』。右の写真はタイで開催された「JAPAN EXPO Thailand 2020」での舞台の様子(写真提供:小林舞香さん)

総合プロデューサーとなり、自身の世界観を開放する総合芸術プロジェクトとして立ち上げたパフォーマンス団体『紺夜(KOOYA)』。2枚目の写真はタイで開催された「JAPAN EXPO Thailand 2020」での舞台の様子(写真提供:小林舞香さん)

コロナ禍をきっかけに、壁画師として全国を行脚

2020年1月、新型コロナウイルスが世界中に猛威をふるい、日本でも蔓延し始めた頃。全国の商店街では、多くの店舗が営業自粛を余儀なくされていました。小林さんは「お店のシャッターや壁に壁画を無償で描いて、賑わいを取り戻せないか」と考えます。
「“全国壁画行脚”と銘打ち、クラウドファンディングの形で個人的にスポンサーを募りました。画材メーカーさんや個人のコレクターさんが名乗り出てくれて、旅費や滞在費は確保できましたね」
全国各地で依頼を受けたお店の壁画を制作し、その様子を発信していったところ、活動を知った山形県タイ友好協会の方から「七日町のシネマ通りにある土産店のシャッターに壁画を描いて欲しい」と依頼が舞い込みます。

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(写真左)小林さんが制作した「ギャラリーカフェバーからーず」(東京・新宿)の壁画。(写真右)「尚美堂」のシャッター壁画は山形の魅力をふんだんに盛り込んだ一作。制作中には、地元の人から差し入れをいただいたり、ストーブを置いてもらったりしたそうです(共に写真提供:小林舞香さん)

(1枚目)小林さんが制作した「ギャラリーカフェバーからーず」(東京・新宿)の壁画。(2枚目)「尚美堂」のシャッター壁画は山形の魅力をふんだんに盛り込んだ一作。制作中には、地元の人から差し入れをいただいたり、ストーブを置いてもらったりしたそうです(共に写真提供:小林舞香さん)

山形に魅了され移住を決意。独自の感性で新風を吹き込む

シャッター壁画の制作期間中、山形市観光戦略課から「アートをキーワードにした、蔵王温泉の新しい誘客プロジェクトに参加して欲しい」と声がかかります。2021年はコロナ禍の真っただ中。舞香さんは1月~2月にかけて約50日間、蔵王温泉の6つの旅館に一週間ずつ滞在し、作品を制作。「蔵王画家暮らし」と題し、創作活動の様子や蔵王温泉の魅力をSNSで発信、イベントなども開催しました。山形や蔵王と深く関わる中で、人の温かさや自然の美しさ、心地よさを感じるように。
「プロジェクトの後、いったん東京へ戻りましたが、引っ越しの準備のためで、1か月後には山形に移住していました」
2022年8月、山形市から声がかかり、今度は「夏の蔵王温泉を盛り上げるプロジェクト」に参加します。会議で小林さんは「蔵王の素晴らしい星空をテーマにしては」と提案。長年使われていなかったホテルのテラスに壁画を描くことを発案します。

蔵王の龍山と星空が一望できる「たかみや瑠璃倶楽リゾート」のルーフトップテラスに描いた壁画。全長22m、制作日数約2ヶ月の超大作です(写真提供:小林舞香さん)

蔵王の龍山と星空が一望できる「たかみや瑠璃倶楽リゾート」のルーフトップテラスに描いた壁画。全長22m、制作日数約2ヶ月の超大作です(写真提供:小林舞香さん)

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寿虎屋酒造のリニューアルした吟醸酒『蔵王の雪どけ』のラベルデザイン(左:写真提供:小林舞香さん)や、村山地域の観光パンフレットの表紙・裏表紙(右)も手がけました

寿虎屋酒造のリニューアルした吟醸酒『蔵王の雪どけ』のラベルデザイン(1枚目:写真提供:小林舞香さん)や、村山地域の観光パンフレットの表紙・裏表紙(2枚目)も手がけました

コラボレーションで新しい可能性を探す

山形という土地、そして地域の人々との出会いによって作られた小林さんの作品は、壁画として風景の一部になったり、また商品として人々に使われたりと、さまざまな形で山形に溶け込み、存在感を際立たせています。
「アートをアートで終わらせない、というのが私の信条です。自分の絵が、他のアーティストや商品とコラボレーションすることで、何か新しいものが生まれるんじゃないか、と期待しています」
「蔵王太鼓プロジェクト」というユニットをプロデュースし、和太鼓奏者とのコラボレーションも行いました。厳冬の蔵王で法被姿の和太鼓奏者とともに、キャンバスに絵を描いていく小林さんの姿は、見る者の目を強く引き寄せます。
「ライブペインティングは描いていく過程そのものが作品、アートだと思うんです。そこでしか生まれない音、そこでしか生まれない絵に新しい可能性を感じています」

「蔵王太鼓プロジェクト」とのライブペインティングコラボの動画。真冬の蔵王ドッコ沼を舞台にした、アーティストたちの真剣勝負に引き込まれます

自分が発信するアートで、山形を盛り上げていきたい

移住して3年の歳月が過ぎた小林さん。プライベートでも大きな変化がありました。2023年1月に結婚、お腹には新しい命が宿っています。
「山形は本当に住みやすいです。自分のコミュニティも形成されていますし、山形はいろんな意味で“帰る場所”。子育てにもいい環境ですよね」
現在、4月29日から5月14日にやまぎん県民ホールで開催される個展に向けて作品を制作中。「子どもが生まれることで、作風も少しずつ変わっていくかもしれません。それも楽しみです」
公私ともに忙しい小林さんですが、目標にしていることがあります。それは「山形のウイリアム・モリスになること」

※ウイリアム・モリス・・・19世紀イギリスのテキスタイルデザイナー、詩人。「モダンデザインの父」と呼ばれ、彼の生み出したパターンデザインは今もなお根強い人気を誇る。

「彼は、コッツウォルズ地方の村、バイブリーを“イギリスで最も美しい村”と言ったんです。それだけで世界中から観光客が訪れるようになりました。
私も山形という素晴らしい場所からインスピレーションを得て作品を描いていることを世界中に発信して、山形に多くの人が訪れてくれるようになればと思っています」

絵を描くことが好きで、たとえ険しくても、ひたすらに画家の道を歩んできた小林さん。真っすぐな情熱と行動力で、世界中にアートの可能性を発信し、周囲を盛り上げてきました。これからも、強いインパクトを残す創作活動で山形に刺激を与え続けてくれるに違いありません。

「手描きの絵画は、どんなに技術が進歩しても絶対に消えない文化」アクリル絵の具に対する強い愛情と信念を感じます。2023年4月29日~5月14日に開催する個展については こちら

 

 

プロフィール
画家 小林舞香さん

1987年生まれ、東京都出身。画家、壁画師。アクリル絵の具を使用した手描きによる精密な写実画を特徴とした作品を制作。2010年から画家として活動を始め、2021年4月より山形に移住。壁画制作、舞台美術、ブランドや企業との商品コラボレーション、音楽アーティストへの作品提供など多岐にわたる創作活動を続ける。

この記事を書いた人
おれんじかいぎさん

おれんじかいぎさん
Profile 山形会議のキュレーター。長井市出身。「包丁を研いだら、切れ味がよくなった」など、日常の幸せを見つけることが得意。頼れるお姉さんとしていつもニコニコ見守ってくれる。
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