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2020.10.02

100年続く老舗ワイナリーで、世界に通じるワインをつくり続ける

有限会社タケダワイナリー 代表取締役社長 岸平典子さん

有限会社タケダワイナリー 代表取締役社長 岸平典子さん

マスカット・ベリーAの古木の前にて。樹齢は80年以上ですが、毎年たわわな実をつけます

昼夜の寒暖差が大きく、果樹栽培に適した山形県。さくらんぼ、ぶどう、ラ・フランスなどの果樹を多く生産し、ワインづくりも盛んです。タケダワイナリーは蔵王連峰の麓、上山市の高台にある創業1920年の老舗ワイナリー。「数ある日本ワインの中で、何を飲めばよいか迷ったら、タケダワイナリーのものを選べばよい」と言われるほど、信頼と定評のあるワイナリーです。

地元産のぶどうだけを使う、強い信念のワインづくり

2008年の洞爺湖サミットの昼食会で世界各国の首脳のグラスに注がれたのは、「ドメイヌ・タケダ キュベ・ヨシコ」。瓶内二次発酵における本格的スパークリングワインで、タケダワイナリーを代表する名品の一つです。「シャトータケダ赤2004年」はソムリエの世界チャンピオンから高い評価を受け、「世界のマーケットに通じる日本ワイン」としても紹介されています。世界に注目されるワインを輩出するタケダワイナリー。その5代目で、代表取締役兼醸造栽培責任者の岸平典子さん。穏やかで控えめな、時々混ざる山形弁も魅力的な女性ですが、ワインづくりに抱く信念には揺るがないものがあります。

「創業以来、県内以外の原料を使ったことはありません。やっと法令改正※になりましたが、今までは海外から原料を仕入れ、日本でボトリングしても国産ワインと言えたので、そうしたメーカーさんも多かった。うちは自社畑か、知っている農家さんの原料しか使ったことがないんです」

ぶどうという原料は、輸送に適した米や小麦と違い「腐れる」フレッシュな果実。あまり旅をさせてはいけないのだという。「その場ですぐ仕込むのはあたり前のことなんでしょうけど」と岸平さん。醸造するにしても、自分が知っている土地や農家さんのぶどうでなければ、扱いがわからないと言います。

※2018年10月30日、国税庁により「果実酒等の製法品質表示基準」が施行され、国産ぶどうのみを原料として国内で製造したワインを「日本ワイン」として表示するルールが開始。ラベルから日本ワインであることが分かるようになった。

これから収穫の時期を迎えるマスカット・ベリーA。「種まで芳ばしくなると収穫の時期になります。皮や種も一緒に入れて仕込むので、種が芳ばしいとさらにいいものができるんです」(岸平)

これから収穫の時期を迎えるマスカット・ベリーA。「種まで芳ばしくなると収穫の時期になります。皮や種も一緒に入れて仕込むので、種が芳ばしいとさらにいいものができるんです」(岸平)

フランス留学を機に後継ぎを決意、40代で社長に就任

創業以来「良いワインは良いぶどうから」をモットーに土づくりから始めたタケダワイナリー。先代で父の武田重信さんは、20年の歳月をかけ土壌改良を行い、ぶどう栽培に適する土地をつくりあげました。その土地を引き継ぎ、さらに良いぶどう、良いワインをつくり始めた岸平さん。20代にフランスへ留学し、ビオディナミ農法※など、先端のワインづくりに触れ、素晴らしい作り手の人たちとも出会います。

「フランスへ行って、やっと自分はワインづくりの仕事を継ぐんだという意思が固まりました。すごく尊敬すべき仕事だと実感したんです」フランスから帰国した岸平さんは自然農法栽培に本格的に取り組みます。自然のサイクルを最大限に活かした減農薬で、無化学肥料によるぶどう栽培を敢行し、2005年、業界初の女性取締役兼醸造責任者となります。

「プレッシャーは特に感じませんでした。うちの家訓に、“畑に出てぶどうを作れる人じゃないと後継ぎになれない”というのがあって、父が口癖のように言っていました。私は父が言う通り、畑に出てぶどうをつくることは出来るから。ただ、周りに大変な思いをさせるんじゃないかと。40代で女性で社長になったので、会社が甘くみられるんじゃないかとか。そういう面で気を使いましたけど、不安はなかったです」。

※ビオディナミ農法とは、土壌のエネルギーと自然界に存在する要素の力を引き上げ、ぶどう樹の生命力を高める農法。哲学者ルドルフ・シュタイナーの考え・哲学が基盤となっている。

有限会社タケダワイナリー 代表取締役社長 岸平典子さん


本業からずれない、その上で改革を続ける

「やらなければいけない」と腹を括った岸平さん。山形に根差すジェンダーギャップも何のその、いやな思いをしても「ちっぽけなこと」と気に留めませんでした。そんな芯の強さを感じる彼女に、企業が100年続く秘訣は何か尋ねました。
「真面目に本業をやること。目の前のやるべきことをコツコツとやり、本業からずれないこと。そして嘘をつかないこと」その思いの根底には、心に刻んだあるエピソードが。

「1990年代に赤ワインブームがあって、それまでワインは売れるのもなかなか大変だったのに、蔵の中のワインが空っぽになったんです。当時専務だった父の弟が、他のワイナリーのように海外から原料を買って売ろう、と言い出しました。しかし父は一蹴します。“俺たちはワイン屋をやっているわけではない。ワイナリーなんだ”と。ワイナリーというのはここでぶどうをつくるか、地域の農家でつくってもらったぶどうをここで醸造して、瓶詰して売るのが仕事だから、“売るものがないなら、来年の秋まで寝でろは(寝ていろ)”と言ったんだそうです」

確かに海外の原料を買っていれば利益が上がったであろう。しかしその後続いたのか、お客様からの信頼が続いたのかと考えると疑問ですよね、と岸平さんは続けます。
「目先の利益はとても重要ですけど、本筋から外れないでいることが、今まで続いてきた秘訣だと思うので、私もそれは違わないようにしなくてはいけないと思っています。ただ、停滞はしてはいけないので、守るべきものは守って、あとは挑戦。守って攻める、そのバランスが重要ですね」

15ヘクタールの自社農園。「山形の気候はぶどうやワインをつくる上ですごく魅力的。色もつくし、酸が落ちないはっきりしたぶどうがとれます」(岸平)

15ヘクタールの自社農園。「山形の気候はぶどうやワインをつくる上ですごく魅力的。色もつくし、酸が落ちないはっきりしたぶどうがとれます」(岸平)

新しいワインの発想は、畑の作業から

亜硫酸無添加の「サン・スフル」、微発砲の「ペティアン」など、新しいワインをつくり出している岸平さん。「今後つくってみたいワインは?」の問いに対してこう答えます。

「新しい商品でチャレンジングですよね、と言われるんですけど、実は原料ありきなんですよ。いいデラウエアが入ったから酸化防止剤なして仕込めるんじゃないか(サン・スフル)とか、自社畑でいいデラウエアができたから樽で仕込めるんじゃないか(デラウェア樽熟成)とか。畑の作業からでてくるものがほとんでで、“こういうワインを構築します”というのではなく、日々の仕事をきちんとやっていく過程で見えてくるものなので、あまり考えてないんです(笑)」

ぶどうとしっかり向き合うからこそ、生まれるワインの発想。「工夫したい点はいろいろあるので、毎年課題は山積みです」と笑う岸平さん。現状に満足せず、常に反省点を見つけ、改善を考えていく。真摯で誠実なワインづくりが、多くのファンを惹きつける理由のように感じました。

フレンチホワイトオーク樽による熟成。白ワインは半年、赤ワインは一年かけて熟成させます

フレンチホワイトオーク樽による熟成。白ワインは半年、赤ワインは一年かけて熟成させます

左から、タケダワイナリー ブラン白(辛口)、ルージュ赤(辛口)、サン・スフル白(発泡)、サン・スフル赤(辛口)、ドメイヌ・タケダ デラウェア樽熟成 白(辛口)、ドメイヌ・タケダ ベリーA古木 赤(辛口)、ペティアン ロゼ(微発泡)、ペティアン ブラン(微発泡)

左から、タケダワイナリー ブラン白(辛口)、ルージュ赤(辛口)、サン・スフル白(発泡)、サン・スフル赤(辛口)、ドメイヌ・タケダ デラウェア樽熟成 白(辛口)、ドメイヌ・タケダ ベリーA古木 赤(辛口)、ペティアン ロゼ(微発泡)、ペティアン ブラン(微発泡)

「期待しかない」新しいワイナリーの登場

ここ数年、県内に新しいワイナリーが続々誕生しています。2016年6月、上山市が国のワイン特区に認定され、行政もワイナリー創設の支援に動きだしました。

「競合他社が増えるのでは、と言われることはあるんですけど、世界中見てもワインって、ワイナリーではなく産地なんですよね。ボルドーワイン、ブルゴーニュワインなど、産地で認識される。山形や上山もワイナリーがいっぱいあれば産地として認識されて、ますます評価が上がっていくと思います。農業も活性化するし消費も増えれば、地域全体が潤っていくはずなので、新しいワイナリーにはとても期待しています」

しかしその条件は、"健全なワイナリー"であること。「ちゃんとした畑があって、新しい農家さんと手を組み、自分たちが恥ずかしくない品質のものをつくる。今の新しいワイナリーさんはそうした健全なワイナリーさんばかりなのですごく楽しみにしています。今も創業準備中のワイナリーさんがあるので、今後がますます楽しみです」

自分たちの世代ぐらいから山形のワイン業界は横のつながりが出来ていると岸平さん。自身も「山形県若手葡萄酒産地研究会(山形ヴィニョロンの会)」の会長を務め、若手技術者の勉強会を盛んに行っています

自分たちの世代ぐらいから山形のワイン業界は横のつながりが出来ていると岸平さん。自身も「山形県若手葡萄酒産地研究会(山形ヴィニョロンの会)」の会長を務め、若手技術者の勉強会を盛んに行っています

コロナ禍でも変わらない、ワインを楽しむ日常

「新型コロナウイルスが県内を蔓延した4月は、ブドウが芽吹いて畑が一番忙しい時期でした」と振り返る岸平さん。「自然はコロナに関係なく進んでいく。人ってちっぽけな存在だな」と感じたそうです。それでもスタッフの健康や生活をどうやって守るか考え、売店を閉めるなどの対策を立ててきました。「世の中全てがコロナ一色になって、気持ちも落ちているし、業種によっては大変なところもあるし、こんな生活必需品じゃないものはどうなるんだろうと思いましたね」

しかし通販の売り上げが伸び、自宅でワインを楽しむ人が増えたことに気づきます。「ワインという生活の彩りをみんな必要としている。日々の糧ではないけれど、心の糧としては必要なんだ」みんな心が乾いていない、そう思いほっとしたそうです。

毎日を忙しく過ごす岸平さんにリフレッシュの方法を聞きました。「美味しいものを食べて美味しいものを飲むのは好きなので、料理したり、夫と食べに行ったりします。ワインも好きだけど、ビールも好きなので。ワインは飲むと醸造のこと考えこんだりしてしまうのでほどほどに(笑)」
読書家で特に海外文学が好き。「最近のお気に入りの作家はジュンパ・ラヒリ。デビュー作の『停電の夜に』は話題作で、他の作品もとても面白いですよ」

「好きな場所はいっぱいあるのですが、上山市内にある アカリトリノマドというカフェがお気に入りです。ランチや紅茶、お菓子も美味しい。ゆっくりしたい時に行って、ぼーっとして帰ってきます(笑)。いいリフレッシュの場所です」

柔らかな物腰の中に、ぶれない一本筋の信念を見せる岸平さん。つくるワインと同じクリアで澄み切った心の持ち主でした。これからも良いぶどうと良いワインをつくり続けてくれることでしょう。

ワイナリー併設の売店。シートで覆い、試飲も休止し、コロナ対策は続きますが、予約制でワイナリー見学は再開しました

ワイナリー併設の売店。シートで覆い、試飲も休止し、コロナ対策は続きますが、予約制でワイナリー見学は再開しました

プロフィール 有限会社タケダワイナリー 代表取締役社長 岸平典子さん

1966年、上山市生まれ。玉川大学農学部農芸化学科へ進学後、三菱化成総合化学研究所に就職。1990年フランスへ留学し、フランス国立マコン・ダヴァイ工醸造学校で上級技術者コースを専攻。ボルドー大学醸造研究所テイスティングコースを修了。2005年、業界初の女性代表取締役社長兼醸造栽培責任者に就任。

有限会社タケダワイナリー

山形県上山市四ツ谷二丁目6-1

http://www.takeda-wine.co.jp/


文中に登場するアカリトリノマドの記事はこちらをクリック

この記事を書いた人
おれんじ
かいぎさん

おれんじかいぎさん
Profile 山形会議のキュレーター。山形生まれ、山形育ち。「包丁を研いだら、切れ味がよくなったこと」など日々の小さな幸せを見つけることが得意。頼れるお姉さん。
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