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2021.10.07日本の水田を守り、人々においしさと健康を。循環型農業が育む最高品質の豚肉
株式会社平田牧場 代表取締役 新田 嘉七さん
県内最大規模の物販コーナーを誇る平田牧場本店(酒田市松原南)をバックに。取材当日もお客様が途切れることなく来店していました
日本を代表するブランド豚として「平田牧場金華豚(きんかとん)」や「平田牧場三元豚(さんげんとん)」の名を全国に轟かせる株式会社平田牧場(以下、平田牧場)。代表取締役の新田嘉七(にった かしち)さんに、おいしさや安全へのこだわり、そして循環型農業を通した環境問題への取り組みなどについてお聞きしました。
ターニングポイントとなった、先代の大きな決断
新田さんは大学卒業後、家業を継ぐため食肉学校へ進学。その後、1982年に平田牧場の常務取締役に就任しました。それはお父様である当時の嘉一(かいち)社長(現 会長)が、メインの取引先であるダイエーとの取引を解消し、まだ規模が小さかった生活協同組合との提携による産直取引に踏み切った、同社にとって大きな転換期の最中のことでした。
「以来生協さんとは今まで50年来のお付き合いが続いています。“より安全で質の高い食品を消費者に届けたい”という強い思いからの決断だったのですが、当社の長い歴史におけるターニングポイントとも言える出来事だと思います」
食の安全性への意識が今ほど浸透しておらず、化学合成食品添加物や化学調味料を使った食品の生産がもてはやされていた当時。畜産加工品においても無添加のものは市場に出回ってはおらず、技術的にも不可能と断言されるような時代でした。しかし、平田牧場はこの完全無添加のウインナーとハムの商品化を、社会に先駆けて実現。業界に与えたであろう驚きは、察するに余りあります。
現在も目玉商品の一つとして、多くの消費者から支持を集める完全無添加の豚肉加工品は、実は生協の組合員さんからの強い要望により生まれたものだったのだそう。「平田牧場の安全なエサで育った豚肉で、安心して食べられる加工品を作ってほしいという声があったのです」。
「平田牧場が目指すのは“豚肉を通じて、すべての人々が笑顔に、そして健康で幸福になること”。私たちが掲げるこの『健康創造企業』の理念は、創業以来、そしてこれからも変わらずに大切にしていくものです」と新田さん。その言葉からは、山形そして日本の食を牽引するトップランナーとして半世紀にわたって「豚」一筋に取り組んできた同社の誇り、さらにおいしさと安全への揺るがないこだわりが伺えます。
新田さんは2010年、化学調味料や添加物を使用せず、国産の食材を使った質の高い安全な食を提供しようという運動「良い食の会」を創設。新しい取組みにも果敢に挑戦し、先代から引き継いだ意思をさらに発展させています
たった3枚の田んぼからはじまった「飼料用米プロジェクト」
今ではスーパーや百貨店の食肉売場で頻繁に目にするようになった『米で育ちました』といったラベル表記。平田牧場は、1990年代から飼料用米を活用した豚の生産を手掛けてきた先駆的な存在と言えます。
きっかけは、これもまた消費者の方から投げかけられた疑問だったのだそう。「毎年、生協の組合員の方々が平田牧場へ視察に来てくださるのですが、畜舎に入った時に“ブタの飼料はどこから来るんですか”と尋ねられたのです。北米などからの輸入がほとんどだとお答えすると、“あそこの休耕田でお米を作って与えたらいいんじゃないですか”と。米どころにも関わらず庄内には減反のために休んでいる田んぼがたくさんあり、それを目の当たりにした組合員の方からごく自然に出てきた言葉だったのかと思います」。
日本の食糧自給率に目を向けると、100%の米に対して、米以外の穀物の生産が圧倒的に少なく、食肉用の家畜の穀物飼料ではほとんど自給できていないのが現状です。「減反の田んぼを水田として稼働させられれば環境にも良いし、そこで作った飼料用米を豚に与えることで飼料用穀物の輸入率を減らし、国内食料自給率の向上にもつなげられると考えました」。新田さんらは休耕田を復活させ、そこで栽培した飼料用米を豚に与える実験を生協との協働で開始。これがのちにJA庄内みどり(遊佐)や生活クラブ連合会との連携により2004年に始動する「飼料用米プロジェクト」に発展し、取組みはさらに加速していきました。
「当初はたった3枚からスタートした飼料用米の田んぼは、今では2万枚(2000ヘクタール)にも作付面積を拡大しました。年間で20万俵(1万2000トン)もの飼料用米を豚に与えています。米を与えた豚はオレイン酸※が増え、一般の豚よりも脂肪が白く、甘みとうま味が増し結果として非常に良い肉質になることがわかりました。自分たちが食べるものを、身の回りにあるもので作るということが、食文化としても非常に大事なことだと感じます」
※不飽和脂肪酸の一つ。旨味を高めるとされる成分で、低い温度で溶けだすという特性から、口の中に入れた瞬間に脂肪が溶け出し、柔らかな食感になるといわれている
この飼料用米プロジェクトの一連の取組みは、2018年「第1回飼料用米活用畜産物ブランド日本一コンテスト」で最高賞にあたる農林水産大臣賞を受賞。近年では地域再生や環境保全、食料安全保障などさまざまな観点から、SDGsの目標達成に寄与する『サステイナブルポーク』として、再び脚光を集めています。「豚肉のおいしさを追求しながら、同時に農地や環境を守る持続可能な取り組みにしていきたい。そんな思いで必至に取り組んで来たことが、やっと今社会課題にマッチして大きくクローズアップされたのではないでしょうか」。
かつては米以外の飼料用穀物で構成されていた飼料ですが、現在は全体の約30%が飼料用米に。これを今後は50%までに引き上げるチャレンジも視野に入れているとのこと
飼料用米を与えた豚の蓄糞は質の高い堆肥として農土に還元されます。また地元で飼料用米を作ることで他国の食糧や水を奪わないという地域循環型農業を実現。「ロールモデルとして社会に発信していきたい」と新田さん(図は平田牧場HPより)
目指すのは「世界一の豚肉」。おいしさを届ける新たな挑戦
平田牧場のビジネスモデルの特徴は、豚の品種開発や生産・肥育から加工・流通・販売に至るまで、全て自社で行っていること。先代が立ち上げた畜産と卸売業という川上のビジネスに加え、消費者に直接サービスできる直販やレストラン事業などの川下へと展開を広げた新田さんに、その狙いを伺うとこんな答えが返って来ました。
「ずっとお付き合いのあった生協の会員の方々には認知していただけるようになったのですが、地元では“平田牧場って名前は知っているけど何をしている会社かわからない”という声を耳にすることがありました。私たちの考えや作っているものの良さを理解していただくために、直販や直営のレストランを開店しました」
とんかつは平田牧場直営レストランの看板メニュー。高温と低温で数分ずつ揚げた肉には金華豚・三元豚のうま味が凝縮されています(写真は平田牧場三元豚厚切りロースかつ膳/写真提供:平田牧場)
平田牧場本店の店内。その品揃えの豊富さに圧倒されます
2021年8月の発売以来、大好評だという「金華豚濃厚醤油ラーメン」と「金華豚濃厚豚骨ラーメン」。金華豚の豚骨をじっくり煮出して抽出した特製スープやコラーゲンを配合し生麺同等の滑らかさを実現した麺など、随所にこだわりが。もちろん化学調味料は不使用
平田牧場の豚の豚骨から抽出した、顆粒タイプのコラーゲンも販売中。「コラーゲンって美容にいいとか女性のためのものみたいなイメージがありますが、関節痛等の改善にも非常に有効だと言われています」と新田さん
新田さんご自身も豚肉が大好きで、毎日3食豚肉を食べるのだとか。「豚肉は毎日食べても食べ飽きしないし、主役にもなれるし他の食材を邪魔しないので脇役にもなれるんですよね。ビタミンBが豊富で栄養価も非常に高いから、健康のためにもぜひ積極的に食べていただきたいですね」。
そして今後は新たな展開も。「2021年10月20日には日和山公園の旧割烹小幡をリノベーションした『日和山小幡楼』に毎日焼きたてのパンを提供する『ヒヨリベーカリー&カフェ』とスパゲッティを中心とした『日和亭(ひよりてい)』をオープンします。パンは畜肉と相性がいいので、ぜひ平田牧場のお肉と一緒に召し上がっていただきたいですね。また当社の豚肉を使用したミートソーススパゲッティや、生ハムなどのメニューを提供する予定です」。これからも平田牧場は、時代のニーズや人々のライフスタイルに合わせてますます進化し続けていくようです。
ベーカリーカフェは日和山公園そばにある『旧割烹小幡』をリノベーションした施設に誕生します。新たな賑わいの拠点としてたくさんの人々が訪れることでしょう(写真提供:平田牧場)
「これからの日本は動物性タンパク質中心の食事へと変わっていくだろう」―。昭和20年代に、とある大学教授が発したこんな言葉に啓示を受けた先代が、たった2頭の豚からスタートした平田牧場。常に時代を先読みし、逆境をも原動力へと変えて邁進する力強い“平牧スピリット”は、脈々と現在へと受け継がれています。
参考文献:『平田牧場「三元豚」の奇跡』新田嘉一・著(潮出版社)
社長室に所狭しと飾られている、新田さんによる“豚さんコレクション”。「特に韓国あたりでは、豚って幸福の象徴なんですよね。自分が好きで集めたり、人にいただいたりしているうちに収拾がつかなくなってきました(笑)」
プロフィール
株式会社平田牧場 代表取締役 新田 嘉七さん
1957年、酒田市(旧平田町)出身。成城大経済学部卒。1982年常務として株式会社平田牧場に入社。関連会社の太陽食品(現 平牧工房)常務も兼任し、88年から社長。平田牧場では89年に代表取締役副社長となり、99年に代表取締役に就任。
平田牧場の“味噌漬けシリーズ” おすすめの食べ方
食欲をそそる味噌の風味が香ばしくごはんがすすむと、安定した人気を誇る味噌漬けシリーズ。使用している味噌は、長野県の「マルモ青木味噌」が平田牧場のために作っているオリジナルの無添加味噌で、北海道の大豆を使用し、遊佐町の酒造メーカー「菊勇」の酒粕をブレンドしているのだそう。「トースターで10分くらい焼いて食べるのがおすすめです。フライパンも汚れないし、いつでも手軽に食べられますよ」と新田さん。