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2026.02.19
百年企業が描く未来。
多様化の時代に、変わるものと変わらないもの。
スズキハイテック株式会社 代表取締役社長 鈴木一徳さん
山形県山形市に本社を構えるスズキハイテック株式会社は、金属めっき加工会社として1914(大正3)年に創業した老舗企業です。長く中間委託加工を主力としてきた同社は近年、研究開発型企業へと大胆なシフトを遂げ、大幅な増収増益を5期連続で達成しています。2015年の社長就任以来、同社に新しい風を吹かせている鈴木一徳さんに、これまでの軌跡とこれからの展望をお聞きしました。
社風の改革を支えるダイバーシティ経営
「YES!! ハイテック!!」を合言葉に躍進を続けるスズキハイテック株式会社。同社の5代目社長である鈴木さんは、必ずしも順風満帆ではなかったこれまでを振り返ります。
「私は2000年に入社したのですが、その後ITバブル崩壊やリーマンショックなどにより県内から大手企業が撤退するなど、下請けとしての受注に頼るビジネスモデルには限界が来ている時期でした。それを社長就任以降、開発主導型に変えてきたのです」
市場の縮小を目前にして、鈴木さんが採った成長戦略は自社の変革。それも、待ちの姿勢から攻めの姿勢への転換です。その実現を支えたのが積極的な外国人人材の採用によるダイバーシティ経営でした。
経済産業省 新・ダイバーシティ経営企業100選(令和3年)や山形県産業賞など受賞歴も多数あります
「ずっと下請け型で仕事をしていた会社でしたので、変革にあたって最も大きな課題は社員のマインドセットでした。待っていれば仕事が来るという時代が長かったので、どうしても考え方が固定化されてしまうんですね。ここに新しい風を吹かせるために、伝手を頼って山形大学工学部から外国人人材を2名採用しました。外国人人材の教育ノウハウが社内に無かったので私自身が教育係になりましたが、彼らの明るさや仕事への前向きな姿勢が、社内に伝播していくのを肌で感じましたね。日本人に対してももちろんそうですが、私たちは労働者としてではなく、活躍する人材としてすべてのスタッフを採用しています。その後の2018年以降は外国籍社員を毎年採用していて、今では管理職を任せている方もいるんですよ」
ダイバーシティは「仕組み」でつくる
開発主導型へ転換するための原動力として外国人研究者を採用し、それまでの社業を支えてきたスタッフの技術力と融合。一つ一つの成功体験を積むことで、社員のマインドセットには変化が生まれ、ビジネスモデルの変革は加速度的に進んでいきます。そんなスズキハイテックの躍進を支えるダイバーシティ経営には、アイデンティティの尊重と環境の整備が大切だと鈴木さんは続けます。
「文化的な背景が異なるのはもちろん、一人ひとりのアイデンティティも当たり前に異なるわけです。日本人だからといって全員が同じ性格ではないように、バングラデシュ人だから、インドネシア人だから、で括ってしまうとお互いの理解に停滞が生まれてしまうと思います。ですから当社では、曖昧なコミュニケーションを排除して、ありのままを表現することを大切にしています。『あれ』とか『なるべく』とかに逃げず、的確に表現する。そして、お互いがしっかり耳を傾けるようになると、社内の雰囲気は劇的に変わっていきました。それと同時に、外国人人材が山形で生活基盤や人間関係を築くための支援もしっかり取り組んできました。社内イベントの開催や、役所・病院などへの付き添い、日本語教室の開催など、彼らを孤立させないための支援を充実させています」
2025年末の忘年会。社長をはじめほぼ全ての社員が参加して盛大に行われました(画像提供:スズキハイテック株式会社)
融合から生まれる成長軌道
融合によってイノベーションを起こし、その成果として売上を伸ばしてきたスズキハイテック。その成長の裏側には、明確な意思をもって描かれた中長期の構想があります。それは、2015年の社長就任時に策定した最初の経営計画です。当時、売上目標として掲げたのは40億円。約25億円の投資を行い、その後、売上高は47億円に達しました。
現在は、2029年に92億円という目標までを見据えた経営計画を描き、さらに2035年には150億円を次の到達点として設定しています。
「数字だけを並べても意味はありません。そこに至るロードマップがなければいけない。それを、いま作っているところです。2029年までは、今の自動車と半導体で売上を伸ばしていきます。その先に、いま研究しているMEMSやバイオミメティクスがある。研究開発は、焦らないことが大事です」
鈴木さんは続けて、イノベーションを「すり合わせ技術」だと表現します。
「自社が持つコアコンピタンスと、将来的に必要とされる技術を融合させ、新たな価値を生み出す。その考え方のもと、当社は自動車の電動化にフォーカスした研究開発を2015年から本格化させました。研究開発を進め、開発完了後には設備投資を行い、2020年頃から売上として成果が現れ始めました。現在の成長は、その積み重ねの延長線上にあります」
社長就任にあたり、鈴木さんが強く意識したのは、「強みを持っていなかった会社が、これからどう生きていくか」という問いだったと言います。
「当時の当社には、これといった強みがなかった。だからこそ、他が真似できないこと、しかも応用範囲が広い技術をやろうと決めたんです。自動車関連技術は、人の命を預かる分野です。安全性が最優先されるため、部品が簡単に置き換えられることはありません。その特性を踏まえ、注力分野を明確にしてきました。ハイブリッド車のバッテリー、パワーコントロールユニット。ここにフォーカスして、他社にはできない“熱を逃がす技術”をつくる。当社の技術がないと生産できないものをつくりました」
その技術は製品そのものにとどまりません。生産ラインの構築から、全数保証を実現する検査システムに至るまで、すべてを自社で開発しています。
「技術だけあっても意味はない。生産ラインも、検査も、全部そろって初めて価値になる。だからテクノロジーと生産体制は、同時並行でやらないといけないんです」
業界最高水準のテクノロジーと生産体制を両輪で回し続けること。それが、スズキハイテックの現在地であり、次の成長へ向かう原動力となっています。
独自の生産ラインと製品のトレーサビリティを実現する検品システム。工場を視察したクライアントの多くが、その徹底ぶりに驚くのだそう
自然界から学ぶ先進技術:バイオミメティクス
現在、同社が研究開発の段階にあるテーマの一つが、バイオミメティクス。これは生物の構造や仕組みをヒントに、工業技術へと応用する研究分野のことです。
「着目したのは、フナムシの足です。フナムシは海に潜ることはできませんが、鰓呼吸を行う生き物。動力を使わずに足の表面構造によって水を循環させています。この仕組みを応用すれば、現代の自動車に数多く搭載されているセンサーカメラに、水滴が付着しにくい表面を実現できるのではないか。そうした仮説のもと、研究を進めています」
もう一つの研究対象が、モルフォ蝶の羽です。鮮やかな青色に見える羽ですが、実際には透明で、色素による発色ではありません。鱗粉の微細な構造と光の屈折によって、青く見えています。構造で色を表現するため、インクなどと違ってずっと褪せない色を実現すべく研究が進められています。いずれの研究開発も、自然界に存在する原理を、工業技術として再構築し、次の価値創出の可能性に挑戦しています。研究開発を「一つ成功させたら終わり」にする考えは鈴木さんにはありません。
液体を瞬時に拡散させるフナムシの足の表面構造と、鮮やかな青色が目を引くモルフォ蝶の標本(画像提供:スズキハイテック株式会社)
「一つ研究をやって、量産化して、投資を回収するまで頑張ろう、という発想はないんです。投資と研究は両輪。投資は永遠に続けるし、研究も永遠に続ける。それが私の考え方です。研究開発が停滞すれば、企業の成長も止まる。だからこそ、当社はイノベーションに果敢に挑戦し続ける会社風土へと変わってきました。この変革は、外国人人材がいなければ絶対に成し得なかったものです。個々の技術力だけではありません。社員一人ひとりの目線をそろえ、全社のマインドセットを統一することが不可欠だったからです。外国人人材、日本人社員、そしてこれまで培ってきたコアコンピタンス。そのどれが欠けても、イノベーションは生まれませんでした」
山形大学の博士課程(バイオ工学専攻)を修了したペトルスさんは、インドネシア・パプア州出身。研究開発部門の若きリーダーとして活躍中です(画像提供:スズキハイテック株式会社)
山形から世界へ 革新を続ける理由
最後に、鈴木さんはこう語ります。
「私たちは『山形から、めっきでレボリューション』と言っているんです。売上を伸ばすのは、この山形のため。代々商いを続けてきた土地であり、私自身も山形で生まれ育った場所。だからこそ、この地で挑戦を続ける意味があります」
スズキハイテックの挑戦は、技術革新であると同時に、地域への強い意思表示でもあります。山形という土地に根を張りながら、世界に通用する価値を生み出し続ける。力強いその情熱こそが、同社の次の百年を照らしていきます。
プロフィール
スズキハイテック株式会社 代表取締役社長 鈴木一徳さん
スズキハイテック株式会社 代表取締役社長 鈴木一徳さん 1970年山形市生まれ。東京理科大工学部工業化学科を卒業し、めっき業界、半導体業界での勤務を経て、2000年7月に入社。取締役技術部長、常務、副社長を務め、2015年8月から現職。自社の技術と未来を見据え、山形から新たな価値の創出に挑み続けている。