お店の前に置かれた大きなワイン樽と主張を抑えたさりげない看板が目印
新庄駅西口から歩くことわずか2分。飲食店や商店でにぎわう五差路の一角に、木を基調としたシンプルでナチュラルな佇まいのお店「カスターニャ」があります。地元食材をふんだんに使ったイタリア料理を自然派ワインとともに味わえる、地元で愛される人気店です。
アンティーク調のデザインガラスが施されたお洒落な木の扉を開け店内に入ると、待っていたのはカウンター席とテーブル席あわせて18席のこぢんまりとした空間。それもそのはず、ランチタイムとディナータイムをオーナーシェフの栗田晋史さんが一人で切り盛りしており全てのお客様に目が行き届くベストな広さと言えそうです。
カウンター席からお料理中の鮮やかな手さばきや、キッチンから漂う音や香りを五感で味わうのも醍醐味の一つ。シャイな雰囲気を持ちながらもご本人いわく「実はおしゃべり好き」の栗田さんとの会話もぜひ楽しんでほしい
「料理のライブ感を大事にしたいので“温度”は常に意識しています。ぬるいものを食べるヨーロッパの食文化に対して、アツアツのものをふうふうしながら食べたいのが日本人。それこそ湯気が立っているだけで“生きている料理”って感じがするし、そんなキッチンの臨場感も味わってほしいですね」と話す栗田さん。一切の迷いのない手さばきと身のこなしで、次々とお料理を仕上げていきます。
ランチはハンバーグとパスタの2種類からチョイスが可能。こんもりと球型に成形されたハンバーグは表面がカリッとした食感ですが、中はふんわりと柔らか。金山町産米の娘豚を100%使用しているというお肉には、うま味と脂のほどよい甘みが感じられ、デミグラスソースとあいまってとろけるような一体感を楽しめます。半熟卵を崩しながら食べたり、たっぷりと注がれたソースを付け合わせの野菜やセットのフォカッチャに絡めていただいたりするのもまた一興です。
ハンバーグセット(フォカッチャ・サラダ付き)1,000円 ※価格はすべて税込みです
一方パスタは当日の食材に応じた日替わりのスタイル。どんなメニューに出会えるかはその日のお楽しみです。この日いただいたパスタは、お皿にぱっと花が咲いたような彩り豊かな一品。ほどよい食感を残したブロッコリーとしらすが細めの麺に絡み合い、さらにカラスミの塩気が絶妙なアクセントに。一口食べるごとに香ばしさとうま味が口の中に広がっていきます。
パスタセット(フォカッチャ・サラダ付き)1,000円。パスタは具材や味付けに合わせて1.7mmと1.9mmの麺を使い分けているそう
ランチのセットでいただけるフォカッチャは、栗田さんが毎朝焼いているもの。以前はライスとの二択にしていたそうですが、フォカッチャを選ぶお客様がとても多かったこと、そして残ったご飯を捨てたくないという理由から現在はフォカッチャの一択に。そのまん丸としたかわいらしい見た目とは裏腹にずっしりと重量感があり、普段はライス派の方にもきっと満足のいく食べ応えです。
東京から金山町へUターン。そして新庄へと
栗田さんは金山町出身。東京の調理師専門学校への進学を機に上京し、卒業後は銀座の老舗レストラン「三笠会館」本店のイタリアン部門で7年間にわたり研鑽を積みました。その後、知人から“地元に戻りお店をやってみないか”と声をかけられたことをきっかけにUターン。2008年、初めての自分のお店である「ラ・カスターニャ」を金山町のカムロファーム内にオープンしました。
「実は同時期に“イタリアで修業しないか”という誘いもあり最初はどちらを取ろうかすごく悩みましたが、カムロファームのロケーションに強く惹かれ地元に戻る道を選びました。2万5千坪もの芝生の中に馬が走りヤギがいるー。それを見た瞬間に“これだ”と。生まれ故郷にこんな素敵な場所があることをその時に初めて知ったんです」
差し込む陽光が心地よい窓際の空間。「金山町でお店をやっていた時は身近にある山野草を飾っていました」と話す栗田さんは今もお花は大好きで、ご自身で買ってきては生けるのが日課なのだとか。この日の主役はセッカヤナギとユリ。店内に彩りを添えていました
こうしてカムロファームのロケーションに合わせ、コース料理をゆったりと楽しめるイタリアンレストランを営んでいた栗田さん。再び転機が訪れたのは、オープンから8年が経過した頃でした。パン職人のご友人と一つのお店をシェアすることが決まり、新庄市へ出店することに。昼はフレンチなブーランジェリー、夕方からはイタリアンレストランというユニークな形態のお店だったそうですが、その後ご友人の転職をきっかけに栗田さんは再び独立。2019年に心機一転、現在の地に「カスターニャ」をオープンしました。
自動車屋さんのご友人らと一緒に自分たちでデザイン・内装を手掛けたという店内はこだわりが随所に。手作りのテーブルにはホウの木、カウンターには栗の木と場所に合わせ異なる木材をチョイス。お洒落でありつつ温かで居心地の良い空間にはBGMが穏やかに流れ、料理の美味しさを一層引き立てます
一脚ごとに趣の異なるアンティークチェアも栗田さんによるセレクト。コンクリートに墨汁を混ぜて欲しいとオーダーし左官屋さんに仕上げてもらったという床は、ヴィンテージ感のある独特の風合いを醸し出しています
他で食べられるものを出してもつまらない。だから「ひと仕事」にこだわりたい
「以前は作りたい料理があって、そのために材料を調達していましたが、今は真逆の発想に。“良い食材が手に入ったから、じゃあこれを作ろう”とやっている感じです。僕も地元のものを食べて育ったし、地元にいいものがあるのでそれを使うのが自分にとってはごく当たり前のことですね」
栗田さんにとって“地産地消”はわざわざ謳うまでもないこと。「ただ、地元のものを普通に美味しく出すだけでは地元の人には喜ばれません」。だからこそお客様に“ひとつの驚きを提供する”ことにこだわっていると言います。
「基本的に何か“ひと仕事”して料理を出したいという想いがあります。東京と同じことをしても意味がないし、誰もが食べられるものを出しても面白くないですから」
そう語る栗田さんにとって、オリジナリティ溢れるアラカルトやメイン料理など多様なメニューを提供するディナータイムはまさに真骨頂といったところ。いずれもだいたい二人分くらいのボリュームで、仲間と気取らずにシェアできるくらいの十分な量のお料理を揃えているそう。
こちらも手作りというディナータイムのメニューボード。中には聞き慣れない食材や味の想像がつかないメニューも。「お客様とのコミュニケーションとのきっかけになればと思い、あえて説明まで載せてはいないんです」と栗田さん
真ダラ白子のポワレ 焦がしバターソース(1,580円) ぷりっとした白子の食感とバターの香ばしさ、トマトやケッパーの酸味など一皿でさまざまな味わいと出会えます。ほかにも内臓を使ったお料理のレパートリーは豊富
肉の前菜盛り合わせ(3,580円) 一番右端から時計回りにサルシッチャ・ポルケッタ・プロシュート・サラミ・モルタデッラ・コッパ・パテドカンパーニュ
ディナータイムのメニューは通常、牛肉や豚肉を使ったものが主ですが、その日いい魚が入れば魚料理も、時にはジビエ料理を提供することもあるのだとか。決して枠を決めることはせずに、ロケーションやその日のコンディションに合わせて柔軟に美味しさを追求する。そんな自然体な栗田さんの姿がとても印象的でした。
「ワインで愉しむイタリアン」その文化を地元に根付かせていきたい
金山町時代は郊外にお店があったため、お酒をたしなむお客様は少なかったと栗田さんは振り返ります。現在は新庄駅前という立地もあり、ワインの注文がとても多いのだとか。
「やはりワインがあると相乗効果で食事がさらに美味しくなるじゃないですか。それが今実現できているのがすごく楽しいんです。例えばいつもはビールや焼酎という方も、たまにはワインを試していただく。そして“こういう料理があるんだね”ってお客様に発見してもらえたら嬉しいです。この辺りにはまだまだイタリアンやワインを愉しめるお店が少ないので、おこがましいけれどそんな新しい食の“文化”を新庄につくっていけたらいいですね」
ナチュラルワインを中心にラインナップ。「8割がヨーロッパ産のものですが、これからは国内のものも増やしていきたいですね」と栗田さん。今後はお休みを利用して県内のワイナリーを巡る計画も
「SNSには疎いんですよ」と照れる栗田さんですが、今後はテイクアウトメニューを充実させながらやったことのないInstagramにも挑戦してきたいそうです
カスターニャはイタリア語で「栗の実」の意味。木材として、そして食用として古くから私たちの生活に馴染んできた栗の木のように、ここ新庄の地にしっかりと根を張りこれからも年輪を重ねていくことでしょう。お客様一人ひとりと、「おいしい!」の先にある豊かな時間を大切に実らせながら―。
カスターニャ
山形県新庄市沖の町4-3